政治は妥協の産物だ。国会であれ政府であれ、利害当事者の主張が激突し、その間で「駆け引き」が行われる。与えるものがあれば受け取るものがあるべきという論理は当然と考えられている。国会と政府の週52時間労働上限制(週52時間制)の施行と「補完対策」の論議の過程においても同じだ。2004年から施行された「週40時間制」は影も形もなく、労働時間を「週52時間」に合わせることは難しいという経営界の主張に政府や政界は振り回されている。労働基準法の本来の趣旨である長時間労働をしない権利、職場で健康を保つ権利、仕事と生活の両立のための権利も政治的状況によって取り引きされ、駆け引きの対象となる。経営側と自由韓国党をはじめとする保守野党は、最低賃金の急激な引き上げと不況による中小企業の負担の増大をあげて、2020年1月から50人以上の事業所に適用される週52時間制施行を緩和すべきだとか、弾力的労働時間制の実施基準を大幅に緩和すべきだと主張してきた。与党の一部の議員や政府も、この意見に同調している。パク・ヨンソン中小ベンチャー企業部長官が「私も(国会議員として52時間制労働基準法改正案に)投票した。だから深く反省している」と述べたケースが代表的だ。
経済はいつも厳しいのに、労働時間短縮はいつやる?
政府のこのような基調は、11月18日に雇用労働部が発表した「週52時間制立法に関する政府補完対策の推進方向」でも確認できる。雇用部は、国会が弾力的労働時間制に関連する労働基準法の改正を年内にまとめられない場合、50人以上の事業所への改正労働基準法施行に「十分な指導期間を置く」と明らかにした。「労働基準法施行規則の改正により、可能な範囲で特別延長労働の認可理由を最大限拡大する」とも付け加えた。もともと「災害及びこれに準ずる事故発生」時にのみ雇用部長官の認可のもと実施できる「週12時間超過延長労働」の認可を、「一時的な業務量急増などの経営上の理由」でも可能にするということだ。
これは「週52時間労働」、より根本的には「週40時間労働」の基本原則を崩すことになる。「一時的な業務量急増などの経営上の理由」は解釈の範囲が過度に広がるためだ。一度改正された施行規則をもとに戻すことは非常に難しい。経済状況と中小企業は、政府と国会の立場では常に難しい問題だからだ。
であるなら、大韓民国において週52時間制を施行するもっとも適正な時点はいつなのか。2018年2月に国会が5年間の議論の末に週52時間制を導入し、300人以上の事業所への施行時期を2018年7月に、50~299人の事業所への施行時期を2020年1月に決めた理由は何だったのか。議論の過程で与野党議員はどのような主張をし、その根拠は何だったのか。「週52時間に対する補完対策」は当時の立法過程でなぜ抜けていたのか。
週52時間制を巡る議論が始まったのは、週40時間制法案が国会で可決された2003年(2004年7月から2011年7月までに段階的に施行)から、ちょうど10年後の2013年だ。週40時間制時代に週52時間を目標にした労働時間短縮論議が始まったのは、それ自体がナンセンスだ。これは雇用部の誤った法解釈のせいだ。労働基準法は週当たりの労働時間を40時間と定め、当事者の合意を通じて12時間まで延長労働を可能にする。法は延長労働、休日労働、夜間労働に言及しているが、雇用部は延長労働と休日労働を別個に解釈した。週に12時間という延長労働の限度は所定労働日(通常月~金)のみに該当するとし、休日労働は別途に問わなければならないというのだ。その結果、週40時間制にもかかわらず、休日労働「8+8時間」ができ、ここに延長労働12時間まで加わると68時間になってしまった。雇用部のこのような解釈によって、企業は週40時間制の下でも労働者に週68時間労働をさせても良いと認識してきた。
2013年から「週52時間上限」は基本合意事項
「休日労働は延長労働に含まれるのか」という問題は、週52時間制論議にも火をつけた。延長労働かつ夜間労働となった場合、それぞれ50%の割増率が適用され、100%割り増しになる。時給が1万ウォンなら、夜間労働かつ延長労働の場合1万5000ウォンではなく2万ウォンが支給されなければならない。では、延長労働であり、かつ休日労働の場合、割増率は50%か、それとも100%か。これに対する判断を求める訴訟が起こされており、下級審では100%、50%それぞれ異なる判決が出た。すると経営側を中心に懸念が出始めた。割増率が100%、つまり「重複割り増し」となると、企業の損失が大きくなるためだ。
第19代国会時代の2013年から、与野党議員を問わず、週労働時間の上限を52時間と定める労働基準法改正案が複数発議されてきた。2015年には国会環境労働委員会に労使政小委員会を作り、経営側・労働側を法案についての論議に参加させたりもした。当時、与野党は週当たりの労働時間限度を52時間とする点には異論がなかった。与野党が対立したのは、改正法の施行時期、重複割増、特別延長労働の許容問題をめぐってだった。当時野党だった新政治民主連合(現・共に民主党)は、重複割増は実施すべきであり、政府の誤った法解釈によって発生した問題であるため改正法の施行時期は前倒しするべきであり、特別延長労働は認めるべきではないという立場だった。当時与党だったセヌリ党(現・自由韓国党)はその反対だった。法案の細部は違えど、施行時期と全事業所への施行時期にはあまり差がなかった。セヌリ党のキム・ソンテ議員が2013年に発議した労働基準法改正案は、事業所の規模によって2016年1月から適用が開始され、全事業所には2018年を超えない期間内に適用することとされている。2015年にキム・ムソン議員が発議した法案も、適用開始は2017年から2020年1月1日とされている。
第20代国会でも議論は続いているが、大統領選挙後に論議は急速に進展した。文在寅(ムン・ジェイン)大統領は週52時間制を実施し、任期中に毎年80時間ずつ労働時間を短縮するという公約を掲げた。与党となった共に民主党は週52時間制の適用時期を、300人以上の事業所には2019年、50~299人の事業所には2020年、5~49人の事業所は2021年に大幅に前倒しすべきと主張した。そして迎えた2017年11月24日、キム・ヨンジュ雇用部長官(当時)が「68時間という法解釈についてお詫びする」との立場を明らかにすると、雇用部は300人以上の事業所に対しては2018年7月1日からの適用が可能だと旋回した。
「週52時間制」前倒しは「重複割増」放棄の見返り
2018年2月26日の国会環境労働委員会・雇用労働法案審査小委員会において、300人以上の事業所には2018年7月、50~299人の事業所には2020年1月、5~49人の事業所には2021年7月を適用時期とするという劇的な妥結が成立する。自由韓国党を含む保守野党は、弾力的労働時間制の拡大と特別延長労働も主張したが、これは改正法に入れないことで合意した。その理由は何か。当時、環労委雇用労働小委の議事録に記された正しい未来党のハ・テギョン議員の言葉から分かる。民主党議員が重複割増の放棄はできないという考えを示唆したことに対して言った言葉だ。
「(事業所の規模別の適用時期の間隔を)1年6カ月に短縮し、特別労働時間では完全に譲歩し、弾力的労働時間制も完全に譲歩すると。そうですね? そのすべてを譲歩した理由は(休日・延長勤労の割増率を100%ではなく)50%にしてくれると。だから全部譲歩したんじゃないですか。なのに今それ(特別労働時間、弾力的労働時間制での)譲歩をそれは全部そのまま固定化して、50%、それはゆるがせにしてしまおうというのは盗人根性でしょう。そんな風に政治をやってよろしいんですか? それがファクトではないですか。だからその50%をゆるがせにすれば、我々はすべて無効とするしかないということです」。
そう。週52時間制施行を前倒しし、弾力的労働時間制の拡大適用を先送りして、特別延長労働が不可になったのは、休日・延長労働重複割増を放棄した対価だったのだ。週52時間制の補完対策として取りざたされている弾力的労働時間制改正議論は、当初2022年12月31日まで議論すると労働基準法付則に記されている。これも与野党合意の結果だ。2018年2月27日の国会環境労働委員会全体会議で労働基準法改正案が可決する直前、自由韓国党のシン・ボラ議員はこう語っている。「労働時間短縮という週52時間制が全面的に定着する2023年1月1日から弾力的労働時間制度が拡大適用されるよう、必ずや第21代国会でもその方向性に対する共感を前提に議論を進めてくださることを希望するという要請を残したいと思います」。弾力的労働時間制の単位期間拡大の時期を2023年以降と決めたというのだ。
法改正後1年もたたず破られた「国会の妥協」
このような国会の合意は、すぐさま破られる。最低賃金の大幅な引き上げによる影響に対する批判が続き、政府は労働問題で主導権を失った。「最低賃金も上がったのに、週52時間では企業経営が成り立たない」という批判が、経営側・保守マスコミを中心に沸き起こった。2013年から国会は週当たり最大の労働時間を52時間と見なすべきだと述べてきたにもかかわらず、経営側からは準備が不十分で52時間制適用が困難という主張が繰り返された。重複割増には反対しながら、労働時間が短縮されて労働者の賃金が減るという記事が保守マスコミから出ている。
こうした経営側の攻勢に押され、政府と国会で「補完対策」として提起されたのが、弾力的労働時間制の単位期間拡大だ。2022年まで議論することになっていたはずの国会合意から1年も経たない2018年12月、国会環境労働委員会のキム・ハギョン委員長(自由韓国党)は、経済社会労働委員会に弾力的労働時間制の拡大に関する社会的対話を行ってほしいと要請する。現在最大3カ月の単位期間を6カ月に拡大すると、労働者を3カ月のあいだ週64時間ずつ働かせ続けることが可能となる。また、延長・夜間労働手当てを支給する義務がなくなり、賃金損失も発生する。難航の末に経社労委は2019年2月、単位期間を6カ月に拡大する代わりに、各労働日の間に11時間の休息を保障するなどの内容を含む案を作成し、これを基に共に民主党のハン・ジョンエ議員が労働基準法改正案を発議した。
経営側と保守野党の要求はこれにとどまらない。弾力的労働時間制の単位期間を6カ月拡大することに加えプラスアルファを要求する。弾力的労働時間制の単位期間を1年間に拡大せよとか、選択労働時間制の単位期間を現行の1カ月から拡大すべきだという要求も出ている。選択的労働時間制は、弾力的労働時間制のような週最大労働時間という限度がなく、単位期間で平均して52時間を超えなければよいという制度だ。単位期間が拡大された時、数日間続けて徹夜で仕事させても良いということなる。
政府と与党関係者の話を総合すると、「最低賃金の急激な引き上げによる中小企業の不満が相当大きいうえ、経済状況が悪く、来年に総選挙まで控えている状況なので、経営側と野党が求めているものは何でも聞き入れなければならない状況」だという。政府が特別延長労働の認可理由を拡大せざるを得なかったのにも、このような背景があるということだ。
労働者だけが譲歩する妥協
政府と与党が経営側と妥協する中で発生した労働者の損失、すなわち労働者たちが譲歩した内容を総合するとこうだ。当初1週間を7日ではなく5日と見た政府の奇妙な法解釈のため週最大68時間の重労働に苦しめられていたのを、52時間に正す見返りとして、通常賃金の100%の割り増しを受けることができたはずの休日・延長労働手当ての割増率が50%に削られることになった。このように割増率が50%となる代わりに、弾力的労働時間制の単位期間の拡大を阻止し「過労しない権利」を享受できるかに見えたが、再び弾力的労働時間制の単位期間の拡大が推進され、水泡に帰した。選択労働時間制度が改正された場合、過労の可能性はさらに大きくなる。政治は妥協の産物だと言うが、得をするのは企業で、譲歩を繰り返すのは労働者となった。特に政府が推進する特別延長労働の認可理由の拡大が現実化すると、企業が「経営上の理由」と主張して雇用部が認可すれば、52時間を超える延長労働もしなければならなくなる。ハン・ジョンエ議員は野党時代の2017年3月20日に環境労働委員会・雇用労働小委で、「特別延長労働を許した瞬間、労働時間を短縮する意味がなくなる」と述べている。
自分に有利なものは放置して、他の合意をゆるがせにしてしまおうという与党に対して「盗人根性」と言い、「そのように政治を行ってはならない」と述べていたハ・テギョン議員は、週52時間制論議の過程でまたひとつ意味のある言葉を残した。「結論が出た時に、いずれにせよ私たちが共にに背負って行くべき責任だと思います」(2017年11月23日、環境労働委員・雇用労働小委)。
わずか1年9カ月前に国会が合意し、政府が推進する労働時間短縮では、労働者側に立って責任を負った者も、「盗人根性」を批判する者もいないように見える。妥協の産物だという政治において、譲歩しなければならないのはいつも労働者だ。