「居眠り運転だったようです」
演劇俳優のコ・ギヒョンさん(27)さんが3年間勤めた配達の仕事を辞めたきっかけは、「仲間の死」だった。一緒に俳優を目指していた親しい先輩は、昨年8月、オートバイで配達を終えて帰る途中、街路樹に衝突する事故で死亡した。33歳の若さだった。演劇を休んでお金を稼ごうとしていた間に起こった悲劇だった。
ショックからなかなか立ち直れなかったコさんに、運命のように「チョン・テイル(全泰壱)」が現れた。先輩が亡くなってから3カ月後の同年11月、劇団の仲間がミシンがけ労働者の役で参加した演劇「青年チョン・テイルの火種」を見て、50年前のチョン・テイルに会った。「劇を見ながら『実際に存在した人なのか? どうしてこんなに人のために尽くす人間なでありえるんだ?』と思いました」。演劇が終わった後、書店に行ってチョ・ヨンレ弁護士が書いた『全泰壱評伝』を手にした。「本の内容がとても熱かった。チョン・テイルはキリスト教徒だったんですが、韓国でイエスを探せと言われたらこの人なのではないかと思いました」
今月10日にソウル銅雀区のカフェで会ったコさんは、チョン・テイル50周忌を迎え、現在公演中(8~12月)の『演劇チョン・テイル』(2020演劇チョン・テイル推進委員会、木の鶏動き研究所制作)で「チョン・テイル」役を演じている。チョン・テイルの50周忌を控えて、コさんは「2020年のチョン・テイル」と「1970年のチョン・テイル」の間を頻繁に行き来していた。
大学1年生の時、ある劇団の俳優募集広告に応募し、演劇に足を踏み入れたコさんは、初舞台で演劇にのめり込み、俳優の道を歩んだ。軍除隊後、通っていた大学を辞めて演劇に没頭したが、お金が必要だった。しかし、不規則な演劇スケジュールのため、できる仕事は多くなかった。今も公演のない日の夜は代行運転手、朝と夜は日雇い建設労働者として働きながら生計を立てている。「人材事務所に朝の5時半に出かけて、ソウルのある工事現場に向かいます。午後5時まで働けば紹介費を引いて11万7千ウォン(約1万1千円)もらいます」。100人余りがいる職場でトイレには小便器と座便器が一つずつのみ。休憩スペースがないのでどこでも座って休む。『全泰壱評伝』で読んだ50年前の風景が、彼の頭の中をたびたびかすめていく。
「演劇チョン・テイル」は、「私たち皆がチョン・テイルだ」という趣旨で俳優10人が各場面で異なるチョン・テイルを演じる。コさんは労働基準法に目覚め「ばかの会」を結成した時のチョン・テイル役を演じた。「1日14時間!こんなに幼いシダ(下働き)たちが長時間労働に耐えられますか!労働基準法第42条、労働時間は1日に8時間、1週間に48時間を基準にしている」。コさんが感情を高めるたびに、観客席から拍手とすすり泣く声が聞こえる。
彼はいまでもチョン・テイルの演技は難しいと語った。「俳優である私がチョン・テイルにならなければならないのに、誰かが『チョン・テイルのようにできるか?』と聞いたら、私はそうできない小市民だと答えるでしょう。それで乖離を感じたり、何度も反省してしまいます」
それでも演劇は、人生は続く。「(チョン・テイルの)人生そのものが英雄的なイメージとして刻印されているから、人間的な一面を見せなければならないんじゃないか、とずっと考えています。22歳で亡くなった彼も、私たちと同じ青年です。愛したい、面白いことをしたいと思う私たちと同じ姿があると思います」
「われわれは機械じゃない!」という50年前のチョン・テイルの叫びに、2020年のチョン・テイルは答える。「人間の尊厳を守ってほしいというチョン・テイルの叫びが実現されていたならば、(工事現場で)みんな冷たい道ばたに座って休憩をとることはなかったでしょう。50年前の彼の叫びは今も有効です」