登録 : 2017.09.05 23:22 修正 : 2017.09.06 10:40

障害者・貧困者を代弁するパク・ギョンソク、キム・ユニョン氏 
今日、光化門広場の地下での座り込み終了 
「福祉長官、2次計画の際に廃止を約束」 
 
貧困層の死を追悼しようと「行動」始め 
貧しい人や障害者の「聖地」の役割

光化門の座り込み団(障害等級制・扶養義務制廃止のための共同行動)を5年間率いたパク・ギョンソク全国障害者差別撤廃連帯常任共同代表(左)とキム・ユニョン貧困社会連帯事務局長が30日午後、光化門広場に立っている=シン・ソヨン記者//ハンギョレ新聞社
 ソウル光化門(クァンファムン)広場の地下の「障害等級制・扶養義務制廃止のための共同行動」(共同行動)の座り込み場。「松坡(ソンパ)の三母娘」をはじめとする18人の遺影と、署名運動をする活動家たちが5年を過ごした場所だ。最近、パク・ヌンフ保健福祉部長官がここを訪れ献花し、障害等級制と扶養義務制の廃止に向けた官民協議体を作ると話した。社会福祉専門家でもあるパク長官は彼らに「扶養義務制の完全廃止を(2019年に作成する)2次計画(基礎生活保障総合計画)に盛り込む強い意志が私にもある」と話した。2012年8月21日に始まった座り込みは、こうして1842日めとなる9月5日に終了する。座り込みを率いた全国障害者差別撤廃連帯のパク・ギョンソク常任共同代表と、貧困社会連帯のキム・ユニョン事務局長に、先月30日、座り込み現場で会った。

 「たった1年前までは、扶養義務制の廃止が可能だろうか、針一つ入る隙間があるだろうかと思っていました。政府は一度も顔を見せたことはなく、最初から議論自体できなかったので」(キム・ユニョン)。こうしていては10年もすぎてしまうだろうと思った。昨年の秋夕(旧暦の盆)、座り込み場所を新しく築いた。木の枠を組んで棚を作り、2段ベッドも置いた。「大統領府に一番近い長期座り込み現場」(パク・ギョンソク)は「陣地」になった。その後、世の中がひっくり返った。ろうそくデモと大統領弾劾が続き、長官が直接ここを訪れた。「長官が扶養義務制と障害等級制を廃止するという意向を示しました。意志もあり、協議も可能だと思いました。始まりであり、出発なのです」(パク)

光化門座り込み団(障害等級制・扶養義務制廃止共同行動)を率いたパク・ギョンソク全国障害者差別撤廃連帯常任共同代表(右)とキム・ユニョン貧困社会連帯事務局長。障害等級制・扶養義務制問題でこの5年間に死亡した18人の遺影が立てられている=シン・ソヨン記者//ハンギョレ新聞社

 共同行動が結成されたのは李明博(イ・ミョンバク)政府時代だ。当時、政府は基礎生活非受給の貧困層問題を解決すると言って、不正受給者のあぶり出しにばかり熱を上げた。福祉部が統合電算網を導入し、需給脱落者が続出した。顔もおぼろげな娘婿のために需給から落ちた慶尚南道巨済(コジェ)のLさんは、「どうして法が人間にこんな仕打ちをするのか」と言い、自ら命を絶った。「自殺のニュースが1週間をあけずに流れました。療養病院にいる老人が脱落通知を受けると、そのまま死んでしまうのです。そこから出れば生きる方法がないと思うから」(キム)

 その死を追悼しようと始めた「行動」が、光化門に腰を据えた5年の座り込みの始まりだった。座り込み初日、警察の鎮圧を一日中丸腰で堪えた活動家ら約10人が手にしていたのは、プラカード一つだけだった。警察は長期座り込みに必要な物品の搬入を阻止した。ちょうど大統領選挙の局面だった。共同行動は、大統領予備候補らに面談を要請した。各種の物品が、警察が止めることのできない候補たちと一緒に入ってきた。「丁世均(チョン・セギュン)国会議長(当時統合民主党の予備大統領候補)が一番記憶に残っています。その方が来る時、一番必要だったテントを密かに持ち込みました」(キム)

 その後、5年間ここは貧しい人たちや障害者の「聖地」になった。共同行動に参加した228の団体の会員らが順番で毎日ここを守った。警察に施設の保護を要請した光化門駅長は、いつからか戒告状だけを送るようになった。朴槿恵(パク・クネ)前大統領が当選した日には、その支持者たちが下りてきて言いがかりをつけ、1月にはある太極旗集会の参加者が排泄物の入ったビニール袋を投げて行った。5年前、世の中は障害等級制と扶養義務制について無知だったが、前回の大統領選挙では洪準杓(ホン・ジュンピョ)候補を除いたすべての候補が扶養義務制廃止と改善を公約した。

 「お年寄りが私たちの座り込み現場を扶養義務制廃止運動本部と呼ぶそうです。『運動本部ですか?』といって電話が来ます。自分の声が代表されないと思っていた彼らに、闘う人々がいることを教えただけでも、大きな成果だと思います」(キム)。「長い暗闇のトンネルがあったとすれば、この5年はさらに漆黒の闇でした。まだ完全な確信はないけれど、それでも夜明けを迎える感じがします」(パク)

 彼らは座り込みを終え、支援を受けた人々に感謝の牌を渡す考えだ。親切だった駅舎内の清掃労働者たちや、寒い日に温かい豆乳を手渡してくれた近くのコンビニの社長、教保ビルの事務室からたびたび来てくれた人権弁護士、「愛憎」の光化門駅長、たまに訪れて応援と支持を送った朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長のような人々にだ。

パク・キヨン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2017-09-05 11:04
http://www.hani.co.kr/arti/society/handicapped/809670.html 訳M.C(2354字)

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