登録 : 2015.11.16 08:42 修正 : 2015.11.21 09:23

 安保法制に対する反対運動がかつてないほどの高まりを見せ、内閣支持率も低下したにもかかわらず、安倍晋三首相は自分は万能であるという驕りを改めていない。そして、憲法や民主主義の条理を無視している。憲法53条は、衆参各院の4分の1以上の議員の請求があれば内閣は臨時国会を召集しなければならないと規定しており、10月末に野党はこれに基づいて臨時国会の開催を安倍内閣に求めた。しかし、安倍内閣は、この条文に「何日以内に」という具体的な規定がないことから、召集時期は内閣の裁量に任されているとして、臨時国会を召集しないことを決めた。これは明らかに憲法違反であり、最高権力者が憲法を平然と無視することがまかり通っている。

 権力の驕りのもう1つの実例が、沖縄における米軍海兵隊の新基地建設である。日本政府は米海兵隊普天間基地を閉鎖する代わりに、名護市辺野古に新基地を建設する方針である。これに対して沖縄県民は名護市長選挙、沖縄県知事選挙、衆議院議員選挙の全選挙区のすべてで、新基地建設反対を訴える候補者を当選させた。民主主義の手続を通して県民は基地建設にノーを唱えているのである。それを受け、翁長雄志知事は、基地建設のための海面埋め立て許可を取り消した。地元住民がここまで反対している以上、中央政府は方針を変更し、地元との話し合いを通して妥協の道を探るべきである。

 しかし、政府は東京警視庁の機動隊まで沖縄に投入し、地元民による反対運動の鎮圧を図っている。ここまで来ると沖縄は本土の植民地かと疑いたくなる。植民地の住民とは国際法的には自国民であり、国内法的には外国人と定義されることがある。沖縄の人々も、国内法的な権利を奪われつつある。

 中央政府がここまで沖縄に対して抑圧的になっている理由の1つに、歴史に対する無知がある。15年前までの自民党には、沖縄に配慮する政治家がいた。第2次世界大戦末期に沖縄で地上戦が戦われ、多くの県民が犠牲になり、戦後は米軍統治下におかれたという事実に対して、彼らは贖罪意識を持っていたのである。戦後日本の平和と繁栄は沖縄という犠牲があったから可能になったという謙虚さが、戦争を直接知る世代の政治家には存在した。しかし、いまや日本の政治指導者の中でそのような歴史認識を持つ者はいなくなった。一地方のわがままで国策に反対するなら、力ずくで国策を実現して差し支えないと考える強権的支配者が国の中枢を占めている。安倍首相は戦後体制からの脱却を唱えているが、戦後を否定することによって沖縄の痛みに対する感受性も捨て去っている。

 歴史的現実の否定は、アジアにおける国際的摩擦を高めることにもつながっている。日中韓の首脳が久しぶりに会談したことは歓迎した。しかし、慰安婦問題や南京事件の評価などで日本と中韓両国が対立する構図は克服できていない。日本の指導者が本当に村山談話や河野談話の精神を自らのものとして、近隣国民への贖罪意識を持つならば、被害者救済の方法や歴史的現実の究明について日本からの主張を行っても、そこから隣国との話し合いをすることは可能となるはずである。安倍首相は口先で村山談話の継承と言うが、彼の周辺には歴史修正主義を公言する政治家が多数存在する。

山口二郎・法政大学法学科教授 //ハンギョレ新聞社

 南京事件の資料がユネスコの世界記憶遺産に登録された時、日本政府と自民党はユネスコに抗議し、分担金の支払い停止にまで言及した。『毎日新聞』はこの件に関連して次のように伝えている。「日本は、登録申請した中国に反論するため、外務省と専門家の意見書をユネスコ側に提出した。しかし、専門家意見書に南京事件否定派とみられている学者の著書が引用されるなどしたため、かえって日本の印象を悪くして逆効果になった恐れがあるという」(11月6日朝刊)

 要するに、日本の政府全体がネット右翼と歴史修正主義に汚染されているということである。戦後の終わりはそのまま日本が野蛮国に転落する危機である。

山口二郎・法政大学法学科教授(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2015-11-15 22:33

http://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/717505.html

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