登録 : 2015.10.21 03:19 修正 : 2015.10.21 05:33

南北96家族530人が再会

妻と夫。20日午後、江原道高城郡金剛山の離散家族面会所で北朝鮮のチェ・フンシク氏(右)が妻のイ・オクヨン氏に再会し、北朝鮮からもらった勲章と表彰状を前にして話しながら嗚咽している=金剛山/共同取材団//ハンギョレ新聞社
新婚7カ月で一人になったイ・スンギュ氏 
65歳の息子とともに金剛山へ 
父と息子は顔合わせてすぐ「似ている」 

「ちょっと行ってくる」と言い残した夫が戻ってくるかと思い 
1度も引っ越さなかったイ・オクヨン氏 
夫が手差し出すと「歳をとって手を握ったってどうしようもない」
 

 夫の顔には65年の歳月の跡がくっきりと表れていた。南側に一人残された19歳の新妻の頭は霜が降ったように白くなっていた。新婚7カ月の母親のお腹にいた息子は、父親の顔も知らないまま還暦を越えた。オ・インセ氏(83)は、昔の記憶を思い出したかのように、妻のイ・スンギュ氏(85)に「もっと近くに来て座りなさい」とささやいた。「65年ぶりに会ったのに、普段とあまりかわらないです。会いたかった話なら、語りつくせないほどあります」。金褐色の韓服で身を包んだイ氏は恥ずかしがっていた。オ氏は妻に申し訳なさそうだった。 「戦争のせいだよ。婆さん、私は、私はね、本当にいばらの道になるとは、夢にも思わなかったんだ...」。北朝鮮で新たに家族を設けたのが申し訳なかったのが、オ氏の語尾が消えかけていた。20日朝、江原道束草(ソクチョ)で(金剛山に向けて)出発するときは、「嬉しくてたまらない、ドキドキする」と笑顔を浮かべていたイ氏は、「涙も出ない」としながらも、目頭を押さえていた。この日の午後3時頃(以下、北朝鮮現地時間)北朝鮮の金剛山(クムガンサン)離散家族面会所は、涙と歎声に包まれていた。韓国から休戦ラインを越えた96の家族は誰もが切ない事情を抱えていた。

父と娘。韓国側のイ・ジョンスク氏(68・右)が20日、江原道高城郡金剛山の離散家族面会所で北朝鮮に住む父リ・フンジョン氏(88)の頬にキスをしている=金剛山/写真共同取材団//ハンギョレ新聞社
■「もっと近くにきて座りなさい」65年ぶりにそばに座った夫婦 

 息子オ・ジャンギュン氏(65)は、「一生の願い」がかなった。 「アボジ(お父さん)」という3文字を好きなだけ呼んだ。お辞儀もした。オ・インセ氏は、息子を見るやいなや、抱きしめた。息子は「父の子として堂々と生きようと努力した」としながら涙を流した。父と息子は手を並べたり、顔を合わせたりしながら、「似ている」と口を揃え、涙を浮かべた。オ氏は、父が行方不明になってから5カ月後に生まれた。オ・インセ氏は、忠清北道清原郡可徳里で新婚7カ月頃 「訓練は大体10日だけで終わる」と言って家を出た。身重の妻が「お気を付けて」と手を振ったのが最後だった。一人残された母親は苦労しながらも立派に息子を育てた。全国を転々としながら、昼には農作業、夜には賃針仕事で生計を立てた。

 ピンクのチョゴリと紫のスカート姿のイ ・オクヨン(87)氏は、振り向いた。待ちに待った夫が90歳を過ぎて目の前に立っていた。夫のチェ・フンシク氏(88)は、中折れハットが脱げるほど、息子を強く抱きしめながら、涙を流し続けた。息子のチェ・ヒヤン氏(66)は、「お父さん、私が(お父さんの)息子です」と嗚咽した。夫が手を差し出したが、イ氏はためらっていた。「こんなに歳をとって手を握ったってどうしようもないじゃない」。チェ氏は、1950年8月、「ちょっと行ってくる」と言って家を出てから、連絡が途絶えた。残された妻と息子は、ひょっとして彼が戻ってくるかもしれないと思って、慶尚北道聞慶(ムンギョン)市山陽(サンヤン)面県(ヒョン)里で、今も住んでいる。父親は別れる時に1歳頃の息子の顔を、信じられないかのようになでながらすすり泣いた。 「あなたたちのお母さんが私なしで一人...お父さんを理解してくれ...私も10年間一人だったけど、いつ統一になるか分からなくて...」。再婚が申し訳なかったようだった。悲しみと喜びが、それから喜びと悲しみが複雑に交差していた。

■誰もがお互い抱きしめていた

 離散家族の韓国側再会団の96家族389人は同日午後1時頃、金剛山ホテルに到着した。彼らは同日午後2時50分から面会所で「団体再会」を待っていた。期待と緊張の10余分の沈黙から北朝鮮の歌「はじめまして」が流れた。皆の視線が入り口に集中していた。北朝鮮の96家族141人が面会所に入ってきた。

 「あの人なのかな?」、「違う」、「いらしたみたい!」、「一目でわかるね」、「生きていた、生きていた!」、「姉さんてきた、姉さん来た!」、「お父さんに違いない...お父さんだ」。短い叫びと長い嘆息が絡み合って、あちこちで涙を誘った。だれしもが家族を抱き締めていた。

姉と弟。韓国側のキム・ボクラク氏(80・右)北朝鮮から参加した姉のキム・ジョムスン氏(83)が20日午後、江原道高城郡金剛山の離散家族面会所で会って両手を握らながら、涙を浮かべている=金剛山/シン・ソヨン記者//ハンギョレ新聞社
 約2時間の団体再会を終えるまでは、長くて困難な過程だった。 22日金剛山を離れるまで、数回に亘って再会できることを知っていたが、二度と会えない人たちのようになかなか手を離せなかった。長年積もった恋しさと申し訳ないという思いが大きすぎたからだ。彼らは夕方7時に再会した。韓国側が面会所で開いた「歓迎晩餐」だった。溢れる涙の間で、笑顔が目立っていた。

 この席で、北朝鮮側の再会団長であるリ・チュンボク朝鮮赤十字会中央委員会委員長は、「北南間の反目と対決で得られるのは何もない」とし「6・15(共同宣言)の大切さを痛感している。北南関係を発展させて離散家族の再会など、人道主義的な問題を解決するために責任と役割を果たすべきだ。今回の再会が成功裏に進められることを切に願う」と述べた。

■救急車に乗って北朝鮮に入った人も

 これに先立ち、韓国側の再会団は同日午前8時37分頃(韓国時間)バス16台に乗り込み、東海線道路を経て金剛山に向かった。救急車も休戦ラインを渡った。北朝鮮に住むキム・ヒョンファン氏(83)の妹のキム・スンタク(77)氏は、喘息が悪化して酸素呼吸器を付けたまま、救急車に乗り込んだ。兄のヨム・ジンボン氏(84)との再会を夢見てきたヨム・ジンリェ氏(83)もヘルニアの痛みを訴えて救急車で移動した。北朝鮮に住む義理の息子のリ・ハンシク氏(80)に会うために金剛山に向かったクォン・オヒ氏(97)と、妹のキム・ナムドン氏(83)に会う予定のキム・ナムギュ氏(96)など、最高齢の人たちも無事に北朝鮮に向かった。一方、北朝鮮側は北側の出入事務所(CIQ)で1時間ほど続いた入境手続きの過程で、韓国記者団のノートパソコンをすべて調査した。

金剛山/共同取材団、キム・ジンチョル記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2015-10-20 19:36

http://www.hani.co.kr/arti/politics/defense/713676.html?_fr=mt2訳H.J

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