登録 : 2015.06.14 18:30 修正 : 2015.06.28 06:25

紅い灯が点ると銀色の靴がガラスドアの外に

6月3日午後9時、ソウル・永登浦の集娼村に女性が座る。辺りが暗くなり店毎に赤い照明が点ると銀色の靴がガラス窓の外に出てくる。お客を誘惑する1階はガラス窓で囲まれ露出するが、2階の部屋には開閉装置が付いた鉄門を通過しないと行けない=カン・ジェフン先任記者//ハンギョレ新聞社

ソウルに隠れている影の部分を訪ねます。ソウルの顔にはならない裏道に沿って歩きます。 都市の夜を歩いてみます。 この都市に宿った孤独と夢、懐かしさと憂鬱、温もりと悲しみ、愛と孤立を描こうと思います。 見知らぬ人の暮らしの中に入ってみます。 生きていくということ、生き抜くということ、生存するということの美しさを描いてみようと思います。 最初の今回はこの都市に長らく実存してきたが、ただの一度も存在性を認められえなかった空間を訪ねました。 ソウル・永登浦(ヨンドンポ)の「集娼村」で3日間を過ごしました。

 「ちょっと、ちょっと」。私は足を止めて振り向いた。S姉さんが半分ほど開いた店のドアの前で手を振って呼ぶ。 小雨が降っていた。 雨を避けるために片手で頭を隠し、S姉さんの方に歩み寄った。「傘を持って行って。雨が降ってるじゃない」。姉さんは紫色の傘を差し出した。 その日は明け方から空が曇っていたが、朝8時が過ぎて雨がポツポツと降り始めた。「また遊びにきて」。私は姉さんから借りた傘を持って再び道を歩いた。 振り返らなかった。 アタッシュケースを持って出勤する人波の中を、地下鉄の駅舎に入った。 一日を始める人の波をかきわけ、私は一日を終えた疲れた顔で地下鉄に乗った。 家に戻ってゲタ箱の脇に濡れた傘を置いた。 倒れ込むようにベッドに横になって眠った。 こんな生活が数日続いている。太陽が黄金色になってゆっくりと沈む頃、沈む直前に起きて化粧をして、外に出て行き、朝になると家に帰ってきた。

 この眠りから覚めれば私は再び昼の生活に戻る。朝起きて見知らぬ人々と出勤し、退勤して夜になれば子犬と一緒にふとんを首まで引き上げて眠るだろう。S姉さんは昼の生活をよく知らない。 焼き付ける陽射しの強烈さや皮膚に触れる日光の透明さもよく知らない。 出勤時間帯、閉じる直前の地下鉄に飛び乗る人や、雨が降る日に濡れた服と傘で湿っぽくなった地下鉄の空気、恐ろしいほどに淡々とした表情で地下鉄駅のエスカレーターに乗って一列に並んで上がったり下りたりする出勤途中の行列もよく知らない。

素顔を消す

 6月2日午後5時30分。ソウル永登浦の路上でS姉さんに初めて会った。 大型ショッピングモール タイムスクエア付近の集娼村に住む姉さんは43歳だ。一週間に一日か二日を除けば、毎晩化粧して髪を整えてS姉さんの一日は始まる。 ゆったりとした綿のワンピースにスリッパを履いた姉さんは、起き抜けのやつれた素顔だった。 美容室に行くところと言った。 彼女について美容室へ向かった。 集娼村にはここで仕事をする女性のための美容室が2カ所ある。 長く働いている女たちがよく行くのはヨンミ美容室だ。 1966年から続いている。 美容室の片隅には古びたレザーソファとテーブルがあり、名前と決済内訳がぎっしりと書かれた赤い手帳がテーブルの上に置かれている。 お客さんが座るみっつの椅子のそばの壁についた古い扇風機はくるくると回っている。 2階の美容室の窓の外には「牛島(ウド)ソルロンタン(牛骨煮込みスープ)」のネオンサインが点滅し、道路を走る車は少しずつ遅くなる。 退勤時間が始まっていた。 ショートカットの中年美容師がアイロンを当てるとS姉さんの髪の弾力あるウェーブが現れた。

 きれいになったS姉さんは美容室から20メートルほど離れた店に歩いていく。 「どうぞ入ってください」。三、四人入れば満杯になるほどの店のガラスドアを開けて一緒に入った。 階段を昇り2階に上がった。S姉さんの部屋があった。 接客して営業が終われば眠る個人の空間だ。 カバーで覆われた高く大きなベッド、香水と人形がきちんと整理された飾り棚が白で統一されている。 ここが永登浦集娼村だということを意識しなければ、普通の女性の部屋だ。 お客さんがいない時は自分の部屋のように思えるように室内を整えたという。 S姉さんは座式の化粧台の前に座って鏡を見つめた。 私はS姉さんの背中側に座って化粧する姿を見ていた。

 「ここにはどうして来たのですか?」

 「いいとか悪いとかいうことじゃなく、ただここで人々がどのように暮らしているのかを書いてみるつもりです。 法律違反とか、女性を商品化しているとか、そのような視線もあるけれど、その視線の向こう側には人が生きていく姿があるのだから。いつか遠い将来にはなくなる空間でしょう。 4年前にある設置美術作家が集娼村の空間を作品にすると言ってついてきたことがありました。 ここのショーウィンドーの前の椅子に座ってタイムスクエアを見たら、建物が普段と違うように見えたと言います」

 「あ、はい」。S姉さんは扇のように長く豊かなまつげを精巧に目に付けた。 黒いアイラインを太く描くと、目が一層引き立って見える。疲れているように見えていた顔が少しずつ消えていく。 S姉さんと3日間、この空間で一緒に過ごすことにした。 化粧をしながら話を聴いていった。

 「ここが人生の終着駅と言うじゃない? 普通は喫茶店、酒場、ルームサロンを経て最後に集娼村に来ます。私の場合は、腹を括って集娼村にそのまま来ました。 それが満で33歳だったから、もう10年になりますね。 光州(クァンジュ)で中小企業の経理の仕事ををしていました。 家は貧しく、サラ金からお金を借りて私債も借りました。 めちゃくくちゃな督促を受けて、私債業者が会社に訪ねてきて。 (借金が)どんどん増えて破産直前でした。 友達の紹介でソウルに来ました。 永登浦の事業主から借りたお金で私債を返しました。 誰かに無理に引っ張って来られたわけでもないけど、自分の足で入って来ながら、最初の3、4カ月はどのように過ごしたか覚えていません。泣いて、笑って。 そんな感じでした。 ここに初めて来る時には計画がありました。 1年だけのつもりだったのですが、それが3年になって、5年になって。 そうしているうちに10年になりましたね。 今は(この生活を)受け入れられるようになって大丈夫です」

 化粧をしている姉さんの脇に白いマルチーズの子犬が寄ってきて尻尾を振っている。 隣室に住むNさん(33)が飼っている犬だ。Nさんの友人の友人が育てた犬だが、主人が酒を飲んではこの犬を殴ったという。 それを見てNさんが奪い取るように犬を連れてきた。 犬の名前はピンキーだ。「この町には犬や猫が本当にたくさんいます。 捨てられた動物たちも多いんです。 他の店で働いているOさんが飼っている犬の名前はトリムです。 道林洞(トリムドン)で拾ったからと。 私たちみたいに事情のある動物たちです」。S姉さんは化粧を時間をかけてていねいにした。 化粧を終えたS姉さんが後を振り返った。 顔には生気が漲っていた。 やつれていた素顔は完全に姿を消していた。 舞台に立つ俳優のように、顔に活気が漲り鮮明に見えた。「私だって自分が社会悪であることは分かっています。 堂々と言えることではないから」

髪を整えあでやかな化粧をした
女はここで10年を過ごし
お姉さんが2階でお客さんをもてなす間
猫はショーウィンドーでうずくまり
女が戻ってくることだけを待っている
午前3時、集娼村の小部屋に入り
眠りを誘えば色々な音が聞こえてくる
値段を駆け引きして入ってきて靴を脱ぐ音
タイマーが鳴って男が出て行き
低速走行する車が女たちを盗み見る

紅灯が点る

 S姉さんが営業を準備する間、私は外へ出ていった。200メートルの通りが暗くなると紅い灯が店ごと点る。 集娼村付近のショッピングモール「タイムスクエア」が営業を終了する2時間前だ。 集娼村は午後8時に営業が始まり翌朝6時に終わる。 23歳から43歳、“アガシ”と呼ばれる女たちが髪と化粧を終えて“ホール服”(お客さんを迎える時に着る服)を着てショーウィンドーの前に座る。 ぽっちゃりとしたアガシ、ガリガリにやせたアガシ、胸の大きいアガシ、背の高いアガシ。 店のガラスドアの向こう側に1人、または2~3人のアガシが座っている。 マネキンのようにショーウィンドーの前の椅子に座ってポーズをとっている。 アガシ60人がこの通りで仕事をしているが、仕事に出てくる日もあり、出てこない日もあるという。 営業中の店は25店舗だ。 この通りで使われる人称代名詞は四つだ。 事業主や店を管理する男は“アジョシ(叔父さん)”、店で清掃や料理を引き受けるおばさんや美容師は“アジュンマ(叔母さん)”、お客さんをもてなす女性は“アガシ(お嬢さん)”、夜にこの道を通る男は老若にかかわらず“オッパ(兄さん)”だ。

 この通りの端に立てば、店の外にひょいと出ている足が一列に見える。みな同じ靴だ。 黒いパンタロンに履く30センチの黒いブーツか、尻しか隠れない短いワンピースに履く銀色の15センチのハイヒールだ。 顔も、着ている服も異なるアガシは、一列にガラスドアの前に座って足を組んで座り、片足を斜めに店の外に差し出す。 時間が経つほど、店の外にひょいと出ている足が震える。 足を揺らしているのだ。 お客さんが来ないので退屈極まれば短いワンピース姿のアガシが店の前にしゃがんでたばこを吸い始める。 ガラスドアの外でパンツが見えないように太ももに座布団を挟んでうずくまる。 太陽が沈むまでは男たちも通らない。 まだ完全には暗くない。

 夜9時が過ぎて一人二人と男たちが道を通っていった。 真っ黒なスモーク・フィルムを貼った車が通る。 運転者はアガシ見物をするので、タクシーまでがこの通りに入れば低速走行する。 車より歩行者の方が速いほどだ。 スモークを貼った窓の中で男たちは見物の自由を感じる。 女を盗み見る。 アガシたちにはスモークを貼った窓の内側は見えない。 視線は一方的だ。 男たちが時々通りを過ぎ去るたびにアガシたちは彼を注目した。 笑いかける。 話しかける。 手ぶりをする。

 白髪混じりでグレーの背広を着た中年男性が足早に歩いていく。 アタッシェケースを持っている。 男はよそ見をせずに単にこの街を通り過ぎる人のように直進して、ある店の中に入っていった。 アガシに挨拶もせずに真っ直ぐ2階へ向かう階段を上がった。馴染みの客らしい。 あのアガシの常連かもしれない。 視線をそらさず早足で歩きながら、目ざとくあのアガシを選んだのかも知れない。 あどけない顔のアガシが50代と見える男について2階に上がる。 手に数万ウォンを握ったアガシが階段を降りてきて事業主がいる部屋に入る。 事業主にお金を渡したのだろう。 15分で7万ウォン(約7800円)。手ぶらのアガシが再び2階に上がった。 アガシの姿が消えるとガラス窓の向こう側に猫一匹だけが座っている。 アガシが飼っている猫の“ココ”だ。 15分ほどで男が降りてきて、ガラスドアを開けて出て行く。 女は再びプラスチックの椅子に座り、うつむいて携帯電話を見つめる。 二人はこれといった挨拶もしなかった。 アガシと15分を共有した男は、この通りを抜け出れば15分間のことを口外しないだろう。 明日は昼の世界に戻って職場に出勤するのだろう。 昨日のことは完全に忘れてしまうだろう。 知らないふりをするだろう。

三人の男が永登浦集娼村街を歩いている。 一人の男の視線がガラス窓の中に立つ女に向けられている=カン・ジェフン先任記者 //ハンギョレ新聞社

 この道を通る男たちは皆がガラス窓の前でアガシを盗み見るが、やりかたはそれぞれだ。 背広姿でアタッシュケースを持った男は、先ほどの中年のようにちょこちょこ歩いて急いで店内に入ってしまう。 背広の後姿にまで他人を意識している。 20代初めと見える男は一人では通らない。 タイムスクエアで“アイ・ショッピング”をするように群れをなしてこの通りを何度も繰り返し通り過ぎる。 アガシに話しかける。 冗談を交わす。料金の駆け引きもしてみる。 くすくす笑って喜ぶ。 他人の視線は意に介さない。 ジャージやくたくたの登山服を着たおじさんは、この二つの部類の中間ぐらいだ。 背広男のようにちょこちょこ歩きはしないが、20代の男たちのようにくすくす笑うこともない。 ジャージのおじさんと背広中年男の間に違いがあるとすれば、背広男はキョロキョロせずに何も見ていないように通り過ぎ、そして店内に消えるが、ジャージ男は頭をキョロキョロさせ女を探し回る姿が見え見えだという点だ。

 しばらく通りに立っていると、永登浦集娼村の事業主代表であるO氏が店の外に出てきた。「ここを利用する男たちは20代から60代だ。一人暮らしの亭主、なかなか結婚しない男、だいたいそんなところだ。 一度は杖をついた80代のおじいさんも来たことがある。 そのおじいさん、家に帰る時に靴を履けなかった。 腰を曲げられないので。 アガシが靴を履かせた。 先日は腕と脚がない障害者も障害者タクシーに乗ってきた。 手脚がないので、男になる機会がないのでしょう」

金を受け取る

 この通りを歩いて疲れた。S姉さんが仕事をする店に行った。 姉さんはお客さんと2階に行っていて、Nさんだけが店の前に立っている。Nさんはからだに密着した短いワンピースを着ていた。 客引き行為をする1階から階段を昇って2階に上がる前に見れば、他に部屋が二つある。一つは厨房で、もう一つは金庫や服の置き場に使われる。 金庫部屋に入って電気も点けずに腰を曲げて横になった。寝るわけでも、寝ないわけでもない。少しするとS姉さんが私が横になっている部屋に入って来た。 白いふとんと毛布を持って出て行った。「疲れたでしょう、休んで」。ふとんの上に横になったが通りから音がずっと聞こえてくる。

 「兄さん、こっちに来て」「帰るの?」「(車から)降りて、降りて」。化粧をする前まではとても静かだったS姉さんの声は媚びがまじっている。 目はしっかり瞑っているのに、耳は色々な音で一層そばだつ。 料金を駆け引きする声が聞こえ、見慣れない男たちの入ってくる足音が聞こえる。 階段を上がる前に私がいる部屋の前で男が靴を脱ぐ。 男と女が階段を上がり簡単な話をしてS姉さんが2階の部屋でお客さんの相手をする時の声が聞こえる。 15分が過ぎてタイマーが鳴れば、男が階段を降りてくる。 その後からS姉さんがついて降りてくる。「さようなら」。彼らは別れの挨拶を交わした。 その夜、タイマーが大きく鳴ってもなかなか降りてこない男もいた。 そういうときはNさんが1階から2階の部屋に向かって声をかけた。「姉さん、行こう」

 低速走行をする車両とバイクの轟音、男と女の声は酒に酔ったようにふらついて私が横になった集娼村の小部屋に押し寄せてきて抜け出て行った。 お客と別れたS姉さんがドアを開ける。手にお金が握られていた。 15分に7万ウォンを受け取れば、3万5000~4万ウォンがアガシに戻る。 カギの番号を合わせて金庫に入れようとするようなので、金庫に背を向けて後戻りして横になった。 姉さんには夢があった。 小学校の先生になって子供たちを教えることだった。 お金を入れた姉さんが外に出て行った。 その日の夜、金庫には貧しいお金が積もっていった。

 しばし眠った。 目を明けると午前4時40分だ。 集娼村のガラスドアを開けて再び通りに出た。紅い灯がまだ点いていた。 <来週に続く>

パク・ユリ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2015-06-13 15:57
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/695752.html 訳J.S(6668字)

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