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[ルポ] 訪韓したベトナム戦争虐殺生存者と過ごした一週間(4)

登録:2015-04-11 11:38 修正:2015-04-11 20:39
枯葉剤戦友会員ら「突撃、前へ!」
9日午後、大韓民国枯れ葉剤戦友会大邱広域市支部会員らの慶北大学内での集会。チョン・チュングァン同支部長(73・左側二番目)は「どの国の戦争でも少数の良民は被害を受ける他はない」と話した 写真パク・キヨン記者//ハンギョレ新聞社

 ロンさんとタンさん一行は8日の水曜集会が終わった後、釜山に向かった。この日の夕方に釜山中区の民主公園で、翌日には大邱の慶北大で講演をすることになっていた。枯葉剤戦友会が訪ねる場所にことごとく現れ彼らを出迎えた。8日には懇談会場である釜山の民主公園入口で枯葉剤戦友会釜山支部会員約170人が反対集会を開き、9日には大邱の慶北大キャンパス内で枯葉剤戦友会大邱支部会員40~50人がデモをした。

 「(通訳の)ク・スジョンを放っておいていいのか。殺してしまえ!」「こんな行事を許可した学長は辞職しろ!」

 午後のキャンパスに乱暴な言葉が溢れかえった。見物していた慶北大の学生や教職員が呆れた表情で見守っていた。「大学でこんなことが許可されてもいいのか!」「総学生会は何をしている!」といった叫び声も聞こえてきた。チョン・チュングァン枯葉剤戦友会大邱支部長(73)は「どの国の戦争でも少数の良民は被害を受ける他はない。それでも我々はその時、良民に撤収しろとビラをばら撒き放送もした。残っていた人たちはみなベトコンだ」と言い放った。

枯葉剤戦友会会員約300人が7日、ソウルの曹渓寺前で集会を開き、ベトナム戦民間人被害者の記者懇談会が開かれたことに対し、「ベトナム戦参戦勇士が侮辱された」で主張してデモを行っている //ハンギョレ新聞社

ある記者がこう尋ねた。「赤ん坊も死にました。それはどう説明するのですか?」。戦友会の会員らがざわつきだした。「事情も知らないくせになにを言う」。「子供たちはベトコンがいる防空壕に入っていた」。戦友会会員のキム・テボン氏は「このまま入っていこう。我々が入れないよう記者たちが防いでいるんじゃないのか」と言って行事場所へ向かおうとしたが、チョン支部長が「とりあえず待ちなさい」と彼らを制止した。記者たちに囲まれた戦友会会員たちは右往左往した。時々「突撃、前へ!」「自由大韓の懐に!」などと叫んでいたが、いつのまにか陽が沈んでいた。

 行事場所となった講堂には約200人の聴衆が集まっていた。4つの出入口のうち3つは中から錠がかけられた状態だった。予定された時間から15分ほど過ぎてロンさんとタンさん一行が入ってきた。司会者は「外で枯葉剤戦友会員たちが自分たちも家に帰らなくてはならないので名分のために記者たちを排除してくれと言いました。そこで申し上げます。記者たちは出て行ってください。ちゃんと言いましたよ」と冗談を言うと、聴衆から笑いが漏れた。参加者の紹介が終わった後、ロンさんが話し始めた。

 「私はベトナムから来たウンウイェントン・ロンです。話を始める前に一言申し上げたいと思います。今日私が話そうとするのは、私の目で見て、私の耳で聞き、私の体で体験した事実です」

 観衆から拍手が沸き上がった。ロンさんとタンさんが韓国ですごす最後の夜だった。講演会場の外にいた枯葉剤戦友会会員たちはいつのまにかいなくなっていた。ロンさんとタンさんの、すでに数百回も繰り返された話に人々は耳を傾けていた。

 「私は私の心臓で話をしています。歴史の真実を伝えるためです。恨みや憎しみを煽ろうとするのではありません。私は韓国軍の民間人虐殺の生存者です」

 ロンさんはこの日も、母親の死を話すところで涙声になり、話を続けられなくなった。

枯葉剤戦友会会員約300人が7日、ソウルの曹渓寺前で集会を開き、ベトナム戦民間人被害者の記者懇談会が開かれたことに対し、「ベトナム戦参戦勇士が侮辱された」で主張してデモを行っている //ハンギョレ新聞社

パク・キヨン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2015-04-10 20:31

https://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/686392.html 訳Y.B

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