登録 : 2016.11.01 23:25 修正 : 2016.11.02 05:52

 大韓民国は財閥王国ではあるが、国家の経済的役割、経済に対する介入範囲は依然として無視できない水準にある。「コネクション」と「金」は、企業によるその力の私有化を意味する。もちろん被害を受けるのは大多数の被統治者だ。「企業後押し」の代価として最高権力者の側近が企業から「私設税金」(?)を得るのは、こうした構造の下では極めて自然に見える。

 資本というものも互いに競争する数百の財閥・中堅企業だ。多くの場合には具体的な利害関係が相互に衝突し、権力者を相手に競争的にロビー活動をしなければならない時もある。そうする時でこそ世の中の「チェ・スンシル」が持っている財貨、すなわち権力への私的接近は、本当に黄金の価値を発揮する。

イラスト//ハンギョレ新聞社
 この頃「チェ・スンシル ゲート」を見守りながら度々既視感を抱く。以前にもどこかで見たような感じだ。政権の陰の実力者の娘が不正入学をした? 1957年に李承晩の養子で、その最側近であるイ・ギブンの息子イ・ガンソクのソウル大法学部不正編入学事件が全国で話題になったことがあった。その時も、政界の実力者の息子が政治家・官僚の上に君臨し、その時も政権側の不正編入学の要求に教授と総長が手をあげて妥協する一方、学生たちが同盟休校などの闘争を行った。大統領、最側近、親戚らの跋扈は、大韓民国政治体制のおきまりのパターンに見えるだけだ。私は今でも、1997年に当時の金泳三(キム・ヨンサム)大統領が息子キム・ヒョンチョルの不正に対して公開謝罪するラジオ放送を聴いていたタクシー運転手が「自分の息子の管理もできないあいつは、それでも大人か?」と唾を吐くように罵ったことを生々しく記憶している。ところで、金泳三の生涯のライバルで後任者である金大中(キム・デジュン)大統領の息子3人もすべて不正にかかわって有罪判決を受けたことを考えてみれば、これは一個人の問題というよりは構造的問題だと見なければならない。

 「公僕精神」とか「noblesse oblige」(指導層が持つべき道徳的義務)を取りあげて幻想を持つのはやめよう。大韓民国が資本主義社会、それも最も極端な資本主義社会だ。この社会では-法ではなく「通念」の次元では-性が広く売買され、賽銭や寄付を多く出せば、極楽往生ないし天国行きができると信じる雰囲気が広まっている。金持ちが自身の部下やサービス業労働者に侮辱を加えたり暴行しても、適当な和解金さえ払えば、事実上処罰を免れうる社会だ。すなわち、人間の尊厳性すらも公然と売買される。性も、宗教信仰も、人間の自尊心もすべてお金を媒介として実践されたり売買されるならば、権力または権力者への個人的接近が必ずしも各種不正にはつながらないと無邪気に信じられるだろうか? 朴槿恵(パク・クネ)氏の場合には個人的無能、特に公私区別能力の欠如が韓国現代史上で記録的な水準ではあるが、朴槿恵氏より多少正常な候補が大統領になったとしても、その親戚や側近が跋扈を企てないだろうと考えるのは誤算だ。権力、または、権力への私的接近が最も貴重な財貨である社会では、最高権力者の側近がその財貨を金銭に変えるつもりがないとしたら奇跡に近いことだろう。

 実はこれこそが問題の真の核心だ。なぜ金泳三政権の“小統領”キム・ヒョンチョルが、韓宝など財閥から金銭をあれほど簡単に上納されえたのか? なぜ金大中大統領時期の“特殊身分”である息子キム・ホンゴルが体育宝くじ事業者選定およびアパート建設承認請託の代価として36億ウォンもの金を事業者からせしめることができたのか? なぜ京南(キョンナム)企業の故ソン・ワンジョン会長が、盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領の兄ノ・ゴンピョンにも、現政権の実力者の1人であるキム・ギチュンにも様々な請託をしたと数回にわたり報道されたのか?なぜソロモン貯蓄銀行とコーロン財閥は、李明博の実兄イ・サンドクに数億ウォンも上納しなければならなかったのか? そして結局のところ、なぜチェ・スンシルに財閥が800億ウォン(約73億円)も与えたのか?

 今まで親戚不正がなかった大統領が存在しなかったことを見れば、大統領の子供や兄弟、ないしは側近を通じて財閥が金銭を渡し「問題解決」を依頼するのは、大韓民国ではほとんど公認のメカニズムだと見ざるをえない。しかし、なぜよりによって権力への私的接近がこれほどまでに高く取り引きされる一つの財貨に浮上したのか?開発独裁時期であればあえて問う必要もなかった。開発は国家主導で行われ、開発資金は官治金融システムを通じて財閥に対して国家的に調達されたので、国家との関係は当然に企業家にとっては死活問題そのものだった。このような開発システムでは不正腐敗が構造的に不可避だということは、すでに多くの研究者が明らかにしている。ところが、私たちはすでに民主主義の外皮をまとった新自由主義社会で生きている。官治金融などは、金融市場がすでに相当部分外国資本に掌握されている状態では、もはや昔話に聞こえる。さらには政権交替もある程度定例化されているのに、政界実力者への上納が結局明らかになって、たとえ温情的な懲戒とはいえ少なくとも形式的処罰は受けるリスクも存在する。それでもなぜ、チェ・スンシルに財閥から途方もない金額がこれほど簡単に流れたのか?

 ここで韓国型新自由主義のいくつかの特徴に注目しなければならない。第一に、大韓民国は財閥王国ではあるが、国家の経済的役割、そして経済に対する介入範囲は依然として無視できない水準にある。土建をはじめ各種の公共プロジェクト事業者選定も企業が狙っているが、各種の許認可と関連して国家の力はやはり強大だ。「コネクション」と「金」は、企業によるこの力の私有化を意味する。もちろん被害を受けるのは大多数の被統治者だ。セウォル号の惨事につながった、老朽船舶の耐用年数を20年から30年に延長した李明博政権の措置を覚えているだろうか?平民が命がけで船に乗る世の中になったが、関連企業にとっては明るく笑っているのではないか? こうした「企業後押し」の代価として最高権力者の側近が企業らから「私設税金」(?)をせしめるのは、このような構造の下では極めて自然に見える。

 第二に、経済への介入可能性が高い国家権力を、企業が私有化することを防ぐための装置は極めて不十分だ。原則上、検察庁などはそのための装置にならなければならないが、過去20年余りの歴史を見れば、司法府に対する企業の影響力確保も相当水準に達していることを見逃すことはできない。検事らが財閥の金を受け取るなど、公共権力を金銭と対等交換することは一度や二度ではなくても、処罰を受けたケースは殆どなかった。大田(テジョン)法曹不正事件(1999年)の時、検事25人のわいろ授受疑惑があらわれたのに、司法処理された人は一人もいなかったし、「サムスンXファイル」事件(2005年)の時「餅代検事」名簿を発表したノ・フェチャン議員は結局議員職を喪失したが、「餅代検事」らは今も健在だ。ユン・サンニム ゲート(2005年)の時も「代価性はない」として事件にかかわった判検事らはいかなる懲戒も受けなかったし、スポンサー検事事件(2010年)当時には、それでも一部の検事は懲戒を受けたが、司法処理は免れた。国家の私有化を防がなければならない人々までが、各種企業家の奨学生に転落するならば、果たしてこの国家の公共性はどの程度だろうか?院内主流野党も大企業から政治資金を受け取っているということや、報道機関も大企業の広告で暮らしていることも忘れてはならない。すなわち、企業家が金銭を与えて権力への私的接近という財貨を買おうとするならば、これを阻むことは大韓民国では本当に至難なことだ。

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学=資料写真//ハンギョレ新聞社
 第三に、大韓民国という国家は、資本の注文どおりに政策を印刷し執行する、企業らの行政ツールと規定できるが、「国家」も「資本」も単なる抽象的概念だという点を忘れてはならない。現実の国家運営主体は、互いに果てしない泥仕合を行っている主流与野党政治家どもだ。不断に戦わなければならないだけに、彼らにも「スポンサー」が必要だ。同時に、資本も互いに競争する数百の財閥・中堅企業らだ。これらの政策注文には共通したものも少なくない。各種の自由貿易協定から民営化政策、労働運動弾圧まで、彼らの大部分は積極的に推進する。ところが、多くの場合には具体的な利害関係が相互に衝突し、権力者を相手に競争的にロビー活動をしなければならない時もある。そうした時こそ、世の中の「チェ・スンシル」が持っている財貨、すなわち権力への私的接近は、本当に黄金の価値を発揮する。

 朴槿恵氏の大統領資格不足は独歩的だが、すでに行政府と司法府が企業の注文を受け入れる操り人形になった状況で、どんな大統領の下でも「チェ・スンシル」が巣を作り、行政資源と金銭の交換を主管するだろう。下からの抗争で新自由主義的企業国家システムを変えない限り、この不正共和国は永久に続くだろう。

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

韓国語原文入力:2016-11-01 19:49
http://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/768343.html 訳J.S(3913字)

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