「日本政府は歴史を消そうと思っているかも知れないが、私たちが慰安婦被害者の声を伝えることを止めることはできない。私たちは次世代、そしてその次世代にも(声を)伝えなければならない義務がある」
1日、東京千代田区の在日韓国YMCA会館で開かれた第1回日本軍「慰安婦」博物館会議で、フィリピンのケソン市にある慰安婦博物館「ロラス・センター」のレチルダ・エクストレマッド氏は慰安婦被害の記録を保存していけば、被害者の声を伝え続けていくことができると強調した。この日会館では、韓国、日本を含めフィリピン、中国、台湾の慰安婦博物館が初めて慰安婦博物館会議を開いた。100席を超える会議場には席が足りずに立って会議内容を聴く人々も多かった。
フィリピン慰安婦被害者支援の集いである「リラフィリピーナ」の代表レチルダ氏は「昨年日本大使館の人が資料室(ロラスセンター)を訪ねてきた時、自分はこのような話をした。日本政府がフィリピン政府に慰安婦博物館について抗議をしても、このような活動は国家ではなく市民が行っているので、止めることはできないだろうと言った。日本政府は被害者の声を押さえつけようという態度だが、私たちは資料を蓄積し永遠に伝えていくことができると言った」と話した。「ロラ」とはタガログ語でおばあさんという意味で、慰安婦被害者支援センターから出発し現在は慰安婦被害者の証言と写真の蓄積もしている。2008年に日本の市民団体の支援を受けてケソン市に建てられた。
昨年開館した中国の上海慰安婦歴史博物館は、日本人のベビーシッターとして仕事をしていたが強制的に慰安婦として連れていかれた被害者の事例などを説明した。おばあさんを雇用した日本人が慰安所を開設した人物だった。
台湾の台北にある慰安婦博物館「アマの家」は、2004年から慰安婦博物館設立のために土地を探したが色々な理由で失敗した話をした。「アマ」という台湾の言葉はおばあさんを意味し、博物館は11年間の努力の末に2015年に台北にある築90年の建物を買い入れることに成功した。博物館は建物の改造を経て昨年12月に開館し、台湾慰安婦被害者59人の証言と写真を保存している。
韓国からは「ナヌムの家」と共に地域に設立された慰安婦博物館が参加した。2015年に開館した大邱(テグ)の「ヒウム」慰安婦歴史館のイ・インスン館長は「1990年代、日本政府の責任を認めないアジア平和基金支援の時、支援を受けることを拒否する被害者を支援する集いから出発した」として「当時は問題がすぐに解決できると思われたが、そうはならず、初めて支援の集いを始めた時に共にしたおばあさんのうち今は5人しか残っていない」と話した。
この日の会議は「日本政府に女性の人権侵害に対する責任を負わせるために活動を受け継いできたが、日本政府は歴史を歪曲し忘却させようとしている。慰安婦被害の実態と歴史を伝える博物館の役割は、次世代に対する平和と人権教育という目的だけでなく、被害女性の被害回復のためにもとても重要だ」という内容の宣言文を採択して幕を下ろした。
慰安婦被害者の声を伝える努力は容易とは言えない。この日の会議が終わる頃、5~6人の日本人が会議場所周辺で拡声器を使い「ヘイトスピーチ」をした。彼らは「うちの祖父がそんなひどいことをしたと(日本人が)話すとは、恥ずかしいではないか。北朝鮮か韓国に行ってしまえ」と叫んだ。