登録 : 2015.07.08 01:27 修正 : 2015.07.08 09:00

村山富市元日本首相が2日、大分県の社民党事務室でハンギョレと会い、安倍晋三首相が8月に出すことになる「安倍談話」と慰安婦問題など韓日間の主要外交懸案について話している。彼は20年前に村山談話を世に出した主人公だ=大分/キル・ユンヒョン特派員 //ハンギョレ新聞社
 現在、韓日を含め東アジアの最大の外交懸案は、安倍晋三日本首相が8月中旬に出すと予想される「安倍談話」(終戦70周年談話)だ。 安倍首相はこの間、自身の談話において日本がアジア周辺国と劇的な歴史的和解をする礎になった1995年の村山談話の核心表現である「植民支配と侵略に対する謝罪と反省」という用語を使わないという意志を何度も明らかにしてきた。 20年前の村山談話の主人公である村山富市元首相は、そのような安倍首相の姿勢を批判し、日本が歴史問題により誠実に向き合うことを注文した。

安倍談話が閣議を経なければ個人発言
重要なのは内容だが
「過去の談話を継承する」と言いながら
侵略には疑問を提起

-韓国や中国は安倍首相が8月に公開する予定の安倍談話に注目している。 最近、日本のマスコミは安倍談話は村山談話とは異なり閣議決定を経ないだろうと報道している。 先ずこれに対する評価は?

 「閣議決定には内閣の閣僚が全員参加するので、政府全体の意志表明と受けとめられることになる。 しかし、閣議決定をせずに首相が個人として出すならば、単純に首相個人の発言で終わる。 私が出した(村山)談話は、後継内閣が全て『村山談話を継承する』と言ってきた。 安倍首相が個人的に談話を出すことになれば、そのような位置づけにはならないものと見る。

しかし、閣議決定された談話であれ個人談話であれ重要なのはその内容だ。現在、安倍首相も『村山談話を継承する』と言っている。 しかし、内容については『全部を継承するものではない』とか、『侵略という単語については国際的定義がない』などと話をして疑問を提起している。また彼が言っているのは『(戦後)50年に村山談話が出てきたし、60年には小泉談話が出てきたので、70周年談話ではその前に二回話したことを再び繰り返す必要はない』ということだ。 安倍首相がそう言う内心を探ってみれば、やはりこの問題(植民支配と侵略に対する謝罪と反省という村山談話の核心部分)には言及したくないのだ。 (安倍首相が)明確な態度を見せないので、韓国や中国はもちろん世界中の多くの国々が『(日本は)何を考えているのか、どんなことをいうつもりか』と疑心を抱くことになる」

-首相が村山談話を出したのは今から20年前だ。当時、この談話が出てくるまでに様々な困難があったが。

 「日本はアジアの一員として、特に韓国や中国とは長い交流の歴史がある。 現在の日本の文化・芸術・宗教などは、韓国や中国との交流の中で生まれたものだ。 日本がアジアで孤立することは決して良いことでない。 また、日韓中三国が仲良く協力して行ってこそアジア全体の安定と平和が可能になる。 (首相になる前から)日本が過去の問題を確実に清算し、韓国や中国から信頼される国家になる必要があるという見解を持っていた。しかし日本は戦後処理をしなかったし、(これに対する)責任も感じずにいた。 日本に対するこのような憂慮を払拭するために、間違ったことは間違ったと謝罪して、今後はそういうことがないよう平和のために努力するという決議を表明して行くという意味で談話を出した。

 しかし、日本国内には私の意見に賛成する人だけがいたわけではない。 例えば植民支配について『かつてヨーロッパの国家は全てやってきたことではないか、日本がそうしなかったとすれば、アジア全体がヨーロッパの植民地になったかもしれない。 悪いことばかりをしたのではなく良いこともした』という考えを持つ人々もいた。 日本国内に(こういう)様々な問題(意見対立)があったので、せっかく社会党が首相を輩出したからこの問題について明確に一段落を作ることが良いと考えた。 (形式についても)村山個人が首相として談話を出すのではなく、閣議決定をして政府の方針としてきちんと出す必要があると考えた。 もし閣議決定がなされなければ首相を辞任する覚悟もした」

-当時、村山内閣には極右指向の自民党政治家もいたが、彼らの反応はどうだったか?

 「その人たちの心の内は分からないでもないが、閣議の席上では発言せずに賛成した。 この期に及んで弁解のようなことはしているが…」

-当時、首相の強い意志がなかったならば談話が生まれることは不可能だったという気がする。

 「(私個人ではなく)時代の流れだった。(談話が出てきた1990年中盤)当時は、(自民党の長い執権が崩壊した後に形成された自民党・社会党・新党さきがけ)3党連立政権の時代だった。 その上、社会党が首相を輩出した内閣だったために可能なことだった。 村山個人がしたわけではない」

集団的自衛権など安倍の安保政策
議会答弁・発言を総合すればやや心配
こちらが備えれば、相手はより一層備える
心配があるなら外交努力するのが先
20年前の戦後50年談話発表時
閣議決定ができなければ辞任する覚悟
その後、日韓関係は完全に新たな時代に

-当時首相の後に続いて首相になる自民党の橋本龍太郎(日本の82、83代首相、1937~2006年)首相が談話に含まれた“終戦”という表現を“敗戦”に変えたという有名なエピソードがある。

 「それは、何というか、彼がそのように言うので、私も『そう思う』と言った。終戦でも敗戦でも戦争に負けたことには違いないから。彼は当時、戦没者の遺族たちの集いである日本遺族会の会長だった。 私が彼に電話した。 後に話を聞いたが、遺族会の中でもその点(敗戦したという事実)は明確にすることが良いという人々が相当いたという」

-現在の談話で注目を浴びているのは「植民支配と侵略に対する謝罪と反省」という部分だが、「独善的なナショナリズムを排除しなければならない」という一節もある。

 「国家を愛する心というのはどこの国の国民でも持つ自然なものだ。しかし、自分の国家を愛するためには他の国家の心も分からなければならない。 日本国民が持っている愛国心と他の国家で各々持っている愛国心とは完全に同じものだ。 愛国心が自分たちのみにあるという誤った判断をすれば戦争が起きる。 戦争は独善的な愛国心、ナショナリズムが原因になって発生することであるから、それを警告したのだ」

-村山談話を出した後、日本と韓国・中国など周辺国との関係はどのように変わったか?

 「談話を出した後、韓国、中国、アセアンの国家を訪問した時、皆さんが談話を評価して受け入れた。 1998年に金大中大統領が日本に来て、(当時の小渕恵三首相と)共同宣言(韓日パートナーシップ宣言)を発表した。 その宣言の初めの方に(村山談話を引用して)歴史認識に関連した言及が出てくる。 これを通じて両国間の文化が開放され、日韓関係が完全に新たな時代に入った。 2008年には胡錦濤・中国国家主席が日本を訪問して共同宣言を発表した。 両国が戦略的互恵関係を通じて新しい関係を結ぼうと宣言した。 これを通じて今まで(日本と周辺国が)過去の問題に対して互いにケチをつけることがなくなった。 安倍首相が最近このような発言(村山談話を否定するかに見える発言)をした後、『安倍首相は何を考えているのか、過去の談話を否定するということなのか』という疑問が出ることになったわけだ。 そのために今のように問題になっている。安倍首相は(談話について)率直に答弁することが必要と考える」

-安倍首相が推進中の集団的自衛権などの安保政策についてはどのように評価するか?

 「議会答弁やあれこれの話を通じて総合的に判断すれば、やはり多少心配だ。例えば(現在東アジアには)尖閣列島(中国名、釣魚島)や竹島(韓国名、独島)問題などがある。 また、南シナ海の中国の基地拡張などに対してもベトナムやフィリピンが警戒心を持っている。 こういう不穏な状態に対して『日本もこのままでは危険だ。有事に備えて日本を守れる備えをしなければならない』と(集団的自衛権行使などが含まれた安保法制に関する)議論をしている。しかし、そのような危機感があるからといって、こちらが備えをすれば、相手は刺激を受けてより一層備えるようになる。 このような過程を通じて昔から戦争が発生してきた。 これに対し私はそのような心配があるならば、互いに虚心坦壊に話をして対話を通じて解決する外交努力が先ではないかと考える。そのような部分で(安倍首相と私の間には)やはり違いがある」

-現在の韓日間の最大懸案は慰安婦問題だ。首相時期に慰安婦問題解決のためのアジア女性基金(1995~2007)を作ったが結果は良くなかった。

 「慰安婦問題と関連しては(慰安婦の強制性と軍の介入を認めた1993年)河野談話があった。河野談話は(日本政府が)慰安婦問題に対する経過を調査して、関連した事実を認めた後にこれは誤ったことだとして謝罪したわけだ。 以後(1994年6月に村山内閣がスタートする時)、後継内閣としてこの問題に対する責任を受け止めてどのように解決するかについて議論した。 政府や自民党が『(1965年に締結された)日韓条約で賠償問題は解決された。 今になって(賠償などは)不可能だ』という主張が強く、その壁を崩せなかった。それで、それ以外に(別の方式で)何か贖罪する方法がないだろうかと考えた結果、政府が金を出さないならば国民が代わりに贖罪するという善意の気持ちで国民募金を行う『アジア女性基金』を作ることになった。 しかし、募金だけではお金が足りないので政府が保険や医療問題などでは協力して金銭を支援した。それで募金(一人当り200万円の贖罪金)と、政府の資金(一人当り300万円の医療支援金)の両方を加えて差し上げることになった。しかし、それだけでは不十分なので首相の謝罪の手紙を添えて、できれば傷ついた方々の名誉を回復したいという意味を含めた。しかし、『償い金』という単語に対して疑問の声が出てきたし、(韓国では)『見舞金』という意味に受け止められた。 それで韓国の挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)等は『慰労金のような金銭は受け取ってはならない。やはり政府が責任を持って、きちんと補償しなければならない』と主張した。 その話の意味は分かる。(韓日間の賠償・補償問題は1965年の日韓協定で)一つ残らず全て解決されたという前提があるので、やむを得ずアジア女性基金を作ったが、韓国では挺対協などの抵抗により3分の1程度しか受け取らなかった。 それで未解決で終わってしまったのだ」

-そのような結果に失望したか?

 「韓国に日本の善意を説明した。韓国でも『誤りだ』という反応はそれほどなかった。『(日本の立場は)理解するが、国家がもっと責任を負って欲しい』という意見だった。 我々の努力が足りなかったと思う。最初に朝日新聞が慰労金だと記事を書いた。 その印象がずっと長く残った。『慰労金のような同情するような金は受け取らない』という拒否反応が出てきた。償い金という言葉は韓国にはないのか? 出発当時、もう少し徹底して準備したとすれば良かったのに、とても残念だ」

-安倍政権下で慰安婦問題の解決は可能と見るか?

 「韓国のことわざに『結び目は結んだ人が解かなければならない』とある。 やはり慰安婦問題は日本がしたことであるから日本が解かなければならない。 それで日本の首相が慰安婦問題をどうにか解決したいという意思表現を明確にして、韓国の大統領が日本の首相の趣旨を受け入れて、事務当局が折衝を通じて内容を詰めていく以外には方法がないと思う」

-現在の日本の雰囲気でそんなことが可能だろうか?

 「これ(慰安婦問題)は決して良いことではない。それで互いに揺るがずに早く決着を付けることが良いと考える。 安倍首相もそのように考えていると考える。 河野談話についても確証がないと色々な話はしたが、最終的には『河野談話を継承する』と言っている。どうにか解決したいという考えはあると考える」

-韓日間の友好協力のために韓国人に頼みたいことは

 「お互いに立場があって、国内情勢もあって、単純に言うことは難しい。色々なことがあったとしても隣国だから互いに譲歩し協力して良い発展をしていかなければならない。 隣同士が互いに困惑しても良いことは一つもない。 韓国人も日本人も良い関係を維持することを願う気持ちは同じだと思う。 そのような率直な心を大切にしていくことが重要だ。 難しいものを難しいと考えれば一層難しくなる。互いに人間どうし、心を開けば結局はお互い同じ気持ちだ」

-最後に、健康は如何ですか?

「歳だから。特に悪いところはない。もう歳だから」(笑い)

大分/文・写真キル・ユンヒョン特派員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2015-07-07 21:40
http://www.hani.co.kr/arti/international/japan/699276.html 訳J.S(5545字)

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