ソウルのある賃貸マンションに住む80代のキム・スニさん(仮名)は、がん闘病に転倒事故まで重なり、寝たきりで過ごす。一緒に暮らす息子も体が不自由で、食事の支度をしてくれる人さえいない。社会的なケアが必要なキムさんは老人長期療養保険受給者と判定され、1日最大3時間の民間訪問介護機関のヘルパー派遣を受けた。ところが、キムさんのケアをする各療養保護士(介護福祉士に類する。療養士とも)たちは、「意思疎通に大きな問題がある息子のせいで大変だ」と訴えた。ソウル市社会サービス院城東(ソンドン)総合在宅センターは、療養保護士1人ではケアが難しいと判断されるキムさんの事例を民間から引き受け、サービスを提供している。1日3時間のケアを食事時間帯に合わせて午前9時~10時30分、午後2時~3時30分の2回に分けて、2人1組の2つのグループがキムさんの世話をする。夕食はSH公社との事業連携で解決した。
文在寅(ムン・ジェイン)政権は発足当時、ケアサービスの公共性を高めるため、社会サービス院の設立を国政課題に掲げた。今年初め、保健福祉部は社会サービス院のモデル事業地域としてソウル、慶尚南道、大邱(テグ)、京畿道を選定し、ソウル、慶尚南道、大邱で社会サービス院が発足した。社会サービス院は、民間機関では適切なケアを受けることが難しかったキムさんのようなケースにもサービスを提供し、国家・地方自治体が主導するケアサービス実験への期待が高まっている。しかし、福祉部の消極的な政策推進と根拠法の不在などで、社会サービス院の設立に対する社会的な議論は進んでいない。
社会サービス院が注目される理由は、公的財源を投じる高齢者・障害者・保育といったケアサービスを自治体が民間に任せきりにして質の管理と責任を疎かにしていた結果、過当競争、運営過程の不透明性、雇用環境の悪化、サービスの質の低下といった悪影響が明るみになってきたためだ。広域自治体(道、特別市、広域市)が設立する社会サービス院は、従事者を直接雇用して劣悪な待遇を改善し、民間機関の提供できないサービスを提供できる。キムさんの例でも、現行の制度上「時給」(2018年ソウル市による実態調査の結果、8382ウォン:約778円)制の民間機関の療養保護士が1日に2回もケア対象者の家を訪問するのは不可能だ。しかし、今年3月に設立されたソウル市社会サービス院は、城東・恩平(ウンピョン)・江西(カンソ)・蘆原(ノウォン)の各区などに総合在宅センターを開設し、時給制で働いてきた訪問療養保護士と障害者活動支援士を月給制の正社員として採用した。彼らは1日8時間働き、1人ではなくチーム単位で高齢者や障害者のケアにあたっている。
先月25日にソウル市城東総合在宅センターで会った療養保護士たちは、雇用とケアの形態の変化に満足感を示した。6年間にわたり民間機関で訪問療養保護士として働き、このセンターに移ってきたクォン・ヨンスクさん(55)は「以前はケア記録を提出するために1カ月にたった一度センターに立ち寄っていただけだったので、職場への所属意識が全くなかった。でもここでは他の療養士たちに会えるし、個人的な事情が生じればお互いに助け合えるし、仕事に対する満足度は上がった」と話した。城東総合在宅センターのソン・ヨンスクセンター長は、「重度障害者のヘルパーのようにきつい仕事や通勤支援などの短時間サービスは、収益性が落ちるので民間ではサービス提供に二の足を踏んでいる。ケアの死角地帯に置かれた方々を優先して支援している」とし、「既存の福祉制度をのり超えて利用者に必要な支援ができるか試している」と紹介した。
このような長所があるにもかかわらず、担当省庁である福祉部はモデル事業地域に社会サービス院の設置・運営費として平均12億4千万ウォン(約1億1500万円)を支援しただけで、ケアの質の改善対策とそれによる費用の調達は自治体に丸投げしている状態だ。「公共サービスに対する追加支援は不公正だ」という民間の反発を受け入れているからだ。訪問介護のような時給制雇用を月給制に転換した自治体もまだソウルだけだ。ソウル市社会サービス院は、老人療養長期保険、障害者活動支援などの各制度から受け取る報酬(管理運営費、人件費などのサービス費用)と国費12億ウォンだけでなく、市の財政支出59億ウォン(約5億4800万円)を加えて事業を進めてきた。嶺南大学セマウル国際開発学科のキム・ボヨン教授は、「社会サービス院を設立し、施設だけをいくつか運営してみたところで、ケアの質が自動的に改善されるわけではない。政府は社会サービス院を通じて低い質をどのように高めるのか、明確な方向性とメッセージを示すべき」と指摘した。
専門家はまた、主要社会サービスの10%にも及ばない公共による供給規模が画期的に拡大されなければ、質の改善を引き出すことはできないと強調する。しかし、3月に発表された福祉部の計画によると、2022年までに全国の市と道に社会サービス院を設立し、保育園・療養院などの国公立福祉施設800カ所あまり、総合在宅センター135カ所を運営して、最大6万3千人を雇用する予定だ。保育士が33万人あまり、療養保護士が40万人ほどであることを考える時、社会サービス全体からするとごく一部にすぎない。
文大統領の任期の半分が過ぎつつあるが、社会サービス院の根拠法も作られていない。2018年に発議された「社会サービス管理および支援に関する法律案」と「社会サービスの公共性強化のための法律案」は、自由韓国党などの反対で国会保健福祉委の法案小委を通過できなかった。法の制定が遅れ、社会サービス院が新築の国公立保育所の運営者公募で落選するケースも発生している。福祉部は、社会サービス院の追加設立のための120億ウォン(約11億1000万円)のみを来年の予算案に反映したが、野党議員らは根拠法がないという理由などで全額あるいは82億ウォン(約7億6100万円)の削減を主張している。27日、参与連帯は論評を発表し「一部の民間供給者などの利害当事者の反発に直面した状況を解決するためには、法の制定が必要だ」と国会保健福祉委に求めた。