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トム・クルーズとAIエコシステム【寄稿】

登録:2026-02-23 23:39 修正:2026-02-24 08:53
ホン・ウォンシク|同徳女子大学ARETE教養大学教授
映画監督ルアイリ・ロビンソンのユーチューブチャンネルの動画のキャプチャー//ハンギョレ新聞社

 数日前、メディア業界を揺るがすひとつの映像が現れた。ハリウッド俳優トム・クルーズとブラッド・ピットがビルの屋上で乱闘を繰り広げるこの映像は、実は人工知能(AI)生成ツール「シーダンス2.0」にたった2行のプロンプトを入力して作られた仮想作品だ。2人のトップスターの全盛期のまぶしい外見だけでなく、打撃感や荒い息遣いまで完璧に再現したこの15秒の映像は、文字通りメディア業界を驚愕させた。単なる技術的進歩にとどまらず、俳優の固有の存在感がほぼ完璧にAIで代替できるという実存的な脅威を可視化したからだ。米国映画界における「伝統的な制作方式の終焉」が予告されたことで、絶望の混じった嘆息が漏れたのは、決して大げさではない。

 韓国は1月の「AI基本法」施行をもって、世界で初めて「AI生成物表示制」を法制化した。AI技術で制作した映像やイメージに表示をつけることを義務づけ、違反した場合は最大3000万ウォン(約320万円)の過料を科すこの制度は、ディープフェイクによる扇動や無分別な著作権の略奪から市民と産業を守るための最低限の「安全装置」だと言える。しかしメディア学者の視点からみると、表示制は問題の解決策ではなく、巨大な制度的課題を映し出す出発点に過ぎない。表示がついたからといって、仮想コンテンツが引き起こす著作権侵害の本質が消え去るわけではないからだ。

 むしろいま注目すべきは、AIサービスの向こうの産業的荒廃だ。メディア現場の危機はすでに指標で証明されている。昨年の韓国映画の制作本数が例年に比べて30%以上も減っていること。商業映画の多くが企画段階で頓挫していること。これらは単なる不況の結果ではない。AIによる動画生成サービスが広告や短編映画の市場を急速に侵食するとともに、投資資本が技術転換期の不確実性の回避を狙う過程で生じる「産業的陣痛」だ。世界中が前例のないスピード競争に直面しているため、政府のせいにしてばかりはいられないが、文化産業を未来の国家基幹産業として育成すべき韓国の立場からしても、もはや傍観しえない臨界点に達していることは明らだ。

 最近、大統領直属の国家AI戦略委員会(以下「戦略委」)が発表した「大韓民国AI行動計画」についての議論も、より深める必要がある。戦略委はAIの学習用データを迅速に確保するために「まず使用、後に補償」策を推進しているという。著作権保有者の事前の許可がなくてもひとまずデータを学習に活用し、収益が発生した場合には事後に補償するという構想だ。AI事業者と既存のコンテンツ事業者とが自然に交渉するのを待っていると、グローバル競争で後れを取るという戦略委の立場も理解できないわけではないが、著作権の価値の要である「排他的許可権」が事実上無力化される恐れがあるという懸念を抱いているのも、メディア業界の無視できない実存的現実だ。戦略委は遅ればせながら、ニュースや音楽のように取引市場が明確な分野は除外するとして鎮静化を図っているが、本質的な問題はまだ残っている。

 欧州連合(EU)が「オプトアウト」方式によって作者が事後も自らの権利を留保する道を開くとともに、AI事業者には学習コンテンツの透明化義務を強化しているのに対し、韓国の議論は依然として産業振興という名目の下に作者の主権を犠牲にしようとしている傾向が強い。AI企業がどのようなデータをどのように学習したのかについての最低限の透明性が保証されていない状況においては、「事後補償」は空虚な約束に終わる可能性が高い。メディアとクリエイターが積み上げてきた良質なコンテンツが、AI企業の「無償の学習教材」に転落してしまうと、少なくともこの転換期を経る間にメディアのエコシステムの創造力は枯渇せざるを得ないだろう。

 AIへの転換は逆らえない流れだ。しかし、その流れをメディアコンテンツのエコシステムの崩壊ではなく軟着陸へと導くためには、表示制度という保護的な規制にとどまらないマクロなメディア産業政策が必要だ。「まず使用」という便宜的な発想から脱し、テック企業に学習データの出所を透明にさせるための最低限の法的義務の必要性についても十分に検討すべきだ。さらに、技術に追いやられる専門人材のための再教育と、高品質コンテンツの価値を保護するための創造的な政策を並行すべきだ。政策立案者には、制作者の尊厳と技術が共存できるエコシステムを作るため、大いに悩んでもらいたい。

//ハンギョレ新聞社

ホン・ウォンシク|同徳女子大学ARETE教養大学教授 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1245591.html韓国語原文入力:2026-02-19 19:11
訳D.K

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