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[ルポ]147億円が投じられた10万坪の「亀尾朴正煕タウン」を行く

登録:2018-01-24 23:52 修正:2018-01-25 08:14
2006年から本格的に追慕施設を拡充 
年間運営費だけで数億円…亀尾市と慶尚北道の葛藤 
朴正煕元大統領生家訪問客は“急減”
23日昼、慶尚北道亀尾市上毛洞の朴正煕元大統領銅像の後方に、先月31日完成したセマウル運動テーマ公園が見える=亀尾/キム・イルウ記者//ハンギョレ新聞社

 「朴正煕路」、「セマウル運動テーマ公園」

 23日昼12時頃、慶尚北道亀尾市(クミシ)上毛洞(サンモドン)の朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領生家前の往復6車線道路には、このように書かれた案内板が並び立っていた。朴正煕路は、亀尾市がこの道路に付けた名前だ。セマウル運動テーマ公園に入ると、右側に大きな建物が現れた。展示館とグローバル館と書かれた建物の間には、大理石で作られたセマウル広場が作られていた。広場の北側には研修館とエコ・ツリーハウスが建っていた。西に向かう道を通り丘に上がると、1970年代の村を再現したセマウルテーマ村があった。

 セマウルテーマ村から下りてきて、南に向かう道に沿って行くと、そこに朴正煕元大統領の銅像(高さ5メートル)が現れた。銅像周辺の大理石には、朴元大統領の業績と年譜、国民教育憲章、セマウル歌の楽譜が彫られていた。銅像の周辺では「セマウル歌」が流れていた。銅像からさらに南に歩いて行くと、工事案内表示板があった。表示板には、来年6月完工を目標に「朴正煕大統領歴史資料館」を作っているという説明が記されていた。面積33万平方メートル(10万坪)の「朴正煕タウン」はこのように完成されつつあった。

23日午後、慶尚北道亀尾市上毛洞の朴正煕元大統領生家の前庭に人の気配はなかった=亀尾/キム・イルウ記者//ハンギョレ新聞社

 1979年に朴元大統領が亡くなった当時は、彼の故郷である亀尾市上毛洞には生家、母屋、追慕館の建物しかなかった。すべて合わせても754平方メートルにしかならなかった。だが、2006年から本格的に朴元大統領の追慕施設と建物が相次いで作られ始めた。亀尾市と慶尚北道は、2006年から昨年まで286億ウォン(約29億円)をかけて「朴正煕大統領生家周辺公園化事業」を進めた。この時「セマウル運動記念庭園」と「春窮体験場」が作られた。ナム・ユジン亀尾市長の提案で、2011年には朴元大統領の銅像が寄付金6億ウォンで建てられた。

 2012年、亀尾市は59億ウォン(約6億円)を投じて「朴正煕大統領民族中興館」も建てた。2013年からは亀尾市と慶尚北道が879億ウォン(約90億円)をかけてセマウル運動テーマ公園造成事業も始めた。公園工事は先月31日に終わった。あとは「朴正煕大統領歴史資料館」(200億ウォン=約20億円)さえ作れば「朴正煕タウン」は完成する。今までに使ったお金は運営費と管理費を除いても1424億ウォン(約147億円)を超える。

23日昼、慶尚北道亀尾市上毛洞のセマウル運動テーマ公園に展示館とグローバル館が建っている=亀尾/キム・イルウ記者//ハンギョレ新聞社

 「朴正煕タウン」が姿を現わしているが、毎年かかる運営費は悩みの種として残っている。セマウル運動テーマ公園の運営だけで年間60億ウォン(約6億円)かかるだろうという委託調査の結果がある。公園を共同で作った亀尾市と慶尚北道は、運営費の負担を押しつけ合っている。結局、亀尾市と慶尚北道は一旦今年の運営費としてそれぞれ5億ウォン(約5千万円)ずつを出すことにした。ここには人件費などは入っておらず、今後両者が負担しなければならない運営費は雪だるまのように増えると予想される。

 慶尚北道の関係者は「警備と施設管理は外注に任せるが、運営は直営するのか委託するのか、亀尾市が決めるだろう」と話した。亀尾市の関係者は「現在、運営委託を外注しておらず、当面亀尾市の公務員3人が現地に派遣され仕事をしている。公園がうまく運営されるよう最善を尽くし、プログラムの準備などに努めている」と話した。

23日午後、慶尚北道亀尾市上毛洞の朴正煕元大統領生家の前庭に人の気配はなかった=亀尾/キム・イルウ記者//ハンギョレ新聞社

 「朴正煕タウン」を訪れる客の足はますます減っている。亀尾市の集計によれば、朴正煕元大統領生家の訪問客は、朴槿恵(パク・クネ)前大統領が就任した2013年に78万人で最も多かった。しかしその後は減り続け「朴槿恵・チェ・スンシルゲート」が弾けた2016年には39万人だった。昨年は26万人まで減った。

 この日午後2時頃、朴元大統領生家の周辺には人っ子一人見当たらなかった。生家の周辺でようやく70代の男性1人に出会った。彼に「朴正煕元大統領をどう思うか」と尋ねた。彼はしばらく考えて「娘が父親の半分でもできていたら…」として語尾を濁した。朴正煕元大統領生家の横にある追慕館の芳名録には、この日2人が文を残した。そのうちの一つは「左派政権の終息を祈ってください」だった。

亀尾/キム・イルウ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/society/area/829182.html韓国語原文入力:2018-01-24 16:07
訳J.S

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