本文に移動

韓国の青年の半分がワーキングプアー…公正なスタートラインを

登録:2016-01-18 00:42 修正:2016-01-18 08:16
学童クラブ教師・案内員・工場… 
働いても貧しいジョンエさん 
皆が行っている海外旅行に行くことが夢
今月7日、アン・ジョンエさん(仮名)が京畿道安山市のある屋台で両親の商売を手伝っている =キム・ポンギュ先任記者//ハンギョレ新聞社

 今月7日、京畿道安山(アンサン)市のある屋台で、アン・ジョンエさん(仮名・28)がお客さんにトッポッキを提供している。 屋台内のオデン鍋から白い湯気が上がっている。その間にジョンエさんの両親の姿が見える。 両親の屋台は夜9時頃が最も混雑する。 彼女は退勤後にしょっちゅうここに立ち寄って仕事を手伝う。

 首都圏の専門大を卒業したジョンエさんは、ある公共機関の案内デスクで働いている。 月に130万ウォンを受け取る派遣社員だ。 2009年に職場生活を始めたジョンエさんは、これまでに5カ所も職場が変わった。 学童クラブ教師(月給70万ウォン=6万7千円)→デパートのカード顧客センター(月給130万ウォン=12万5千円)→公共機関の顧客案内(月給120万ウォン=11万6千円)→殺虫剤生産工場(時給5580ウォン=538円)を転々としたが、全て契約職か派遣職だった。 ジョンエさんは「200万ウォン(19万3千円)までは望まない。 月に170万ウォン(16万4千円)稼げれば」と話した。 彼女は海外旅行に行くことが夢だ。 まだパスポートは持っていない。

 4人家族のジョンエさんの家族の月間所得は、ジョンエさんの月給に両親の屋台収入150万ウォンを合わせて280万ウォン程度だ(約27万円)。 ジョンエさんより2歳下の妹は大学を卒業して中小企業に通っていたが、辞めてから数カ月仕事が見つからない。

 50代半ばのジョンエさんの父親は「子供たちを大学に行かせる時まで食堂を営んでいたが…」として言葉を濁した。 父親は数年前まで食堂を営み、失敗して屋台を始めた。 昨年ジョンエさんの家は突然1億ウォンの借金まで負うことになった。 家賃を21万ウォンから60万ウォンに上げてくれと家主に要求され、泣く泣く銀行融資を受けて住宅を買った。 家族はジョンエさんが頼れる“セーフティネット”ではない。

学資金融資が“借金の始まり”…「金を稼いでも自分の金ではない」

 ジョンエさんは韓国社会の“貧しい青年”の典型だ。 大統領直属青年委員会の依頼で韓国保健社会研究院が作成した「青年勤労貧困事例研究」報告書(草案)によれば、19~34歳の青年層のうち「ワーキングプアー危機階層」が47.4%(2013年基準)に達すると推計されている。 報告書は就業者、失業者、就職準備者、求職活動放棄者のうち、所得が中位所得の50%未満である“ワーキングプアー層”や、不安定就業と失業の繰り返しで将来貧困層に転落する兆候が見える人、すなわち臨時・日雇いと失業者、就職準備者、求職活動放棄者、無給家族従事者などの“不安定勤労貧困状態”にある人々を「ワーキングプアー危機階層」と定義した。 いつでも貧困層に墜落する危険がある青年たちが半分に肉迫するという意味だ。

 1990年に33.2%であった韓国の大学進学率は、2008年には83.8%まで上がり、その後は下降線を示したが昨年も70.8%を記録した。 現在の青年世代は70~80%が大学を卒業しており、残りもほとんどが高等学校教育を終えている“高学歴世代”だ。 だが、社会はこうした青年たちに“学歴インフレ”を強要しただけで、安定的に暮らせる仕事は与えなかった。 「若い時の苦労は買ってでもしろ」という言葉が通用したのは、今は大変でも真面目に働けば月給が上がって、人生の基盤がしっかり作れるという希望があったからだ。 自身と、時には家族の借金まで背負って、いつ切られるかも知れない低賃金・不安定な仕事を飛び回らなければならない現在の青年たちには“遠い昔話”に過ぎない。

■ 8年仕事をしても月給は130万ウォン(12万5千円)
“不安定労働”をするジョンエさん
8年間勤めても月給は130万ウォン
非正社員から脱出できず“貧困のドロ沼”

7日、安山の屋台で両親を助けるアン・シネさん。「1カ月170万ウォン稼げたらいいです。それ以上は欲でしょう」と話した=キム・ポンギュ記者//ハンギョレ新聞社

 ジョンエさんは勤めて8年になるが月給の130万ウォンは最低賃金(月126万ウォン程度、週40時間勤務基準)水準と変わりない。 今年基準で1人世帯の中位所得(全世帯を所得順に並べたとき、真ん中の世帯の所得)は162万ウォンだ。 貧困ラインである中位所得の50%未満ではないが、失職や病気など予期できない状況が発生すればジョンエさんはいつでも貧困層に転落することになる。

 ジョンエさんの最初の仕事は、小学生の面倒を見る学童クラブの教師だった。 一日5時間ずつ働いて月に70万ウォンを稼いだ。 1年の契約期間が終わると、未練なく別の仕事を探した。 他の人のように一日8時間働いて人並みの月給をもらいたかった。

 二番目の職場のデパートのカード顧客センターでは、午前9時から午後8時まで顧客応対の仕事をした。 オンライン求職サイトに出ていた派遣会社を通じて入った。 中秋節や正月になれば、カード会員を社員1人当り4~5人ずつ増やして来るよう指示された。 月給は130万ウォン(12万5千円)から始まり、6カ月ごとに5万ウォンずつ上がった。 ジョンエさんは「それでもここで働いている時は夏期休暇費も5万ウォン程度支給されたし、中秋節や正月のプレゼントもあった。 今の会社では中秋節に海苔やツナ缶セットも支給されない」と話した。

 1年8カ月でジョンエさんはその仕事を辞めた。 デパートは2年が過ぎれば法律で派遣労働者を正社員として直接雇用しなければならない。 だが、その期間を満たす人は誰もいなかった。 そんな雰囲気だった。 その後に勤めたのは今勤めている所とは別の公共機関だった。 月120万ウォンで2年近く働いた。 2年が迫るとやはり辞めなければならなかった。 満2年間勤務して正社員になった事例は聞いたことがない。

 昨年はメーカーの生産現場でも働いた。 ゴキブリの殺虫剤を作る会社で、製品包装業務を担当した。 最低時給5580ウォン(538円、2015年基準)と僅かな週休手当てしか受け取れなかった。 ジョンエさんは「仕事があれば出て行くが、仕事がなければ出勤しない不規則な職場だった」と話した。 2週間、あるいは1カ月単位で仕事が多い時だけ働く派遣社員だった。

 ジョンエさんには「サービスマネージャー」(顧客関連業務を分析・管理する仕事)として経歴を積みたいという希望がある。 だが、非正社員として会社に就職する時、そのような志願動機を尋ねる所はなかった。 彼女は「会社をたくさん変わったのでますます小心になり、自分が不適応者ではないかと自責の念を抱く時がある」と話した。

 青年層の半分ほどが「ワーキングプアー危機階層」に分類された最大の原因は、不安定労働で最初の仕事を得てから、そこから抜け出せずにいる青年たちが多いためだ。 韓国労働社会研究所が統計庁経済活動人口付加調査(2015年8月)を基に分析した資料によれば、20代の賃金勤労者(348万4千人)のうち非正社員は45.9%(160万人)に達する。 非正社員は仕事が不安定なだけでなく賃金水準も低い。 正社員の半分水準(49.8%)だ。 ジョンエさんの場合に見るように、このような賃金水準は時間が経っても上がらない。 就職、結婚、出産、マイホーム準備など正常な人生の経路は難しい。

 イ・ビョンヒ韓国労働研究院先任研究委員は「かつては高齢者・障害者のような勤労能力がない人々に対する貧困概念しかなかったが、外国為替危機以後に仕事をしても貧しいワーキングプアーの概念が生まれた」として「韓国のワーキングプアーは低賃金雇用(中位賃金の3分の2未満)から始まっているが、この比率が国際的にも非常に高い。 90年代初期まで低下して、外国為替危機以後に再び高まった低賃金雇用比率は現在80年代後半の水準に戻った」と話した。 統計庁経済活動人口付加調査(2015年8月)を基に、青年層(15~29歳・時間当り賃金基準)の低賃金雇用比率は28.1%に達する。 この比率を国際比較基準である15~24歳で見れば46.1%にもなる。

■借金で買った大学の卒業証書
借金に苦しむスンチョル氏
学資金融資に信用融資まで
「結婚? もう金を借りることは絶対にしない」

9日、屋根裏部屋でテントの中で本を読むイ・スンチョルさん=キム・ギョンホ先任記者//ハンギョレ新聞社

 高い大学授業料のために抱えることになった学資金借り入れは、青年たちが貧困に苦しむもう一つの理由だ。 慶尚北道地域で大学に通ったイ・スンチョル氏(仮名・32)は、4年間ずっと学資金融資を受けなければならなかった。 メディア流通分野で契約職社員として働いている彼は、月に200万ウォン(19万3千円)を稼ぎ、元利金償還だけで70万ウォンが出て行く。 卒業してずいぶん経ったが、まだ1200万ウォン(116万円)の借金が残っている。 彼は「もう半分は返した」と話した。

 何年か前「家を買うのにお金が足りない」という母親に4千万ウォンを信用融資を受けて渡し、学資金借り入れの償還はさらに遅れている。 スンチョル氏は「金を稼いでも自分のお金ではないという感じがする。 月給が出れば家賃と元利金償還のためのお金を別にして、クレジットカードの先払いに回す。 そうしなければ消費を減らすことはできない」と話した。 もうこれ以上は借金を抱えたくないので、赤字になりそうな月は食費を減らす。 コンビニでカップラーメンやおにぎりを買って腹を満たす。

 スンチョル氏は6畳もない屋根裏部屋に登山用のテントを張って暮らしている。 そのまま寝ればあまりに寒いので、風を防ぐためにテントの中で寝るという。 30歳を過ぎた彼には結婚・出産の計画はない。 彼は「これ以上借金を増やすようなことは何であれしたくない」と話した。

 ソウルに暮らす35歳以下の青年たちの借金の最初の発生原因(2013年トントン協同組合調査)によれば、学資金融資が44%を占め最も多い。 学資金融資の償還を6カ月以上延滞した信用留意者の規模も2007年の3785人から2014年には4万635人へ10倍以上増えた(韓国奨学財団資料)。 学資金融資を受けて大学は卒業したものの、これを償還して貯蓄もできる安定的所得が得られなければ貧困の泥沼に落ちる恐れがある。 韓国開発研究院(KDI)資料「2014年教育バブルの形成と労働市場分析」によれば、4年制大卒者の下位20%と2年制大卒者の下位50%は、高等学校卒業者に比べても賃金が安い。 “大卒貧困層”が量産される危険が高まったわけだ。

■家族も貧しければ…
“貧困の相続”ヨンス氏
190万ウォンのうち100万ウォンで家族を扶養
「ハンバーガーを買って食べることが唯一の贅沢」

地方のあるホテルで夜勤をしているハン・ヨンスさん。月給を貰っても金のかかることはほとんどせず時々買って食べるマクドナルドのハンバーガーが彼の最大の贅沢だ=ハン・ヨンスさん提供//ハンギョレ新聞社

 家族の扶養まで背負わなければならない場合、青年はさらに貧しくなる。 首都圏の3年制大学を卒業して済州島(チェジュド)のある中小ホテルの施設管理チームで契約職として仕事をするハン・ヨンス氏(仮名・25)は月に190万ウォン(18万3千円)を稼ぐが、100万ウォン(9万6千円)を実家に送る。 ビル清掃で生計を立てる母親を助けるためだ。仕事をしてケガをした父親の病院代も加えなければならない。 実家には借金もある。

 ヨンス氏は夜昼交代制でつらい仕事をしている。 長い日には一日15時間働くこともある。 それでも会社は夜勤手当を通常賃金の1.5倍ではなく1.25倍しか支給しない。 ホテル側は「他のホテルと違って、派遣職ではなく契約職として直接雇用しているのだからその程度は我慢しろ」と言った。 実際、ホテル業界で契約職ではあるが新入社員を直接採用することは多くないので、言われるままだった。

 彼が先月使った金は30万5030ウォンだけだった。 月給が出ても金のかかることはほとんどしないようにしている。 外食費と携帯電話代、交通費が主な支出内訳だ。 服はほとんど買わない。 映画館には行かずに町の図書館で本を借りる。 ほとんど出歩かないので交通費は4250ウォンしかかからなかった。 家の前のマクドナルドで時々買って食べるハンバーガーが彼にとっては最大の贅沢だ。 今通っている会社も、寮と食事を無償提供するというので勤めることにした。 ヨンス氏は「いつも財布の紐を固く締めているから、金を使わずに慣れたようだ」と話した。

 彼は本当は記者になることが夢だった。 だが、家の事情で当座の金を稼がなければならないので、希望の会社に入るための就職準備にはまだ意欲が湧かない。 ヨンス氏は「済州島に来て初めは散策道路も歩いてみたが、この頃はからだが疲れているのでどこにも行きたくない。しょっちゅう憂うつになる」と話した。

 シン・グァンヨン中央(チュンアン)大教授(社会学)は「青年層がほとんど両親と一緒に暮らしているため、非正社員としての就職が直ちに貧困層につながってはいない。 韓国の家族制度が労働市場で発生する問題を緩衝する役割を果している」とし「だが、家族がこのような緩衝の役割をできなかったり、逆に扶養しなければならない場合には、低賃金の働き口は貧困に直結する可能性が高い」と憂慮した。

 保健社会研究院は今回の報告書で「青年の労働市場進入と地位の維持がますます難しくなっているが、現在の労働市場の状況を見れば改善を期待し難い」として「一度貧困を経験すれば、繰り返し貧困を経験する可能性が高まるという貧困の粘着性が存在するので青年ワーキングプアーに対する積極的対応が必要だ」と明らかにした。

ファン・ボヨン、チェ・ウリ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/726537.html 韓国語原文入力:2016-01-17 19:16
訳J.S(5910字)

関連記事