旧正月連休初日の18日、新聞の朝刊にはハンソルグループの3世であるチョ氏(24)が兵役不正を犯した疑いで裁判に付されたという記事が載った。 チョ氏はハンソルグループの創業者であるイ・インヒ顧問の孫であり、チョ・ドンマン前ハンソル アイグローブ会長の息子であり広義のサムスン一家の一員だ。
数年前、韓国放送(KBS)が財閥一家の息子たちの兵役問題を報道したことがあるが、サムスン一家が最も目についた。一般人の兵役免除率は6.4%であるのに対して、財閥一家の免除率は33%で5倍も高かった。ところが、サムスン一家はその比率が73%で、財閥一家の平均値を大幅に上回った。 財界順位のみならず兵役免除率でもサムスンは断然独歩的な位置を占めているわけだ。 今回起訴されたチョ氏まで反映すれば、その数値はさらに上方修正される。
サムスン一家の兵役免除の歴史は、創業者イ・ビョンチョル会長の三人の息子イ・メンヒ、イ・チャンヒ、イ・ゴンヒの三兄弟から始まる。三兄弟の兵役免除理由や経緯は推測があるだけで具体的な内容が報道されたことはない。 だが、既に絶版になった昔の本の中でその真実を微かに読み取れる。
2世のメンヒ、チャンヒ兄弟、日本密航と留学で兵役を回避
末男のゴンヒは朴正煕の特命で40日間訓練…
「長兄が私を軍隊に告訴」長期にわたる疑いと恨み
イ・ゴンヒ サムスン会長の場合、インターネットを検索してみれば兵役免除理由として“精神疾患”が多く出てくる。 今は総合編成チャンネルで猛活躍中のカン・ヨンソク弁護士が、かつて議員だった頃に「イ・ゴンヒ サムスングループ会長は精神疾患で兵役免除を受けた」と主張した。 しかし、その出処は定かでない。 むしろ精神疾患は事実でない可能性が高い。 とんでもないことに真実は“元東亜グループのチェ・ウォンソク会長の霏雪録”という副題がついた本『それでも愛しているから』に隠されていた。
この本にはキム・ギョリョン元東亜コンクリート社長のインタビューが載っている。 キム元社長は「私が保安司対共処長だった1971年、大統領府の特命を受けて高位層の子弟、財閥の子弟に対する兵務不正事件を取り扱いました。ところで徹底的に調査しろと特命が降りてきた理由が、サムスン創業者のイ会長の息子が軍隊に行く年齢だと思われるのに昼間にゴルフをしていて、よりによって大統領に見つかったという話でしょう。 それで抜き差しならなくなり捕まりました。その人が今のイ・ゴンヒ会長ですが、創業者の息子がゴルフするのを見れば、他の特権層の子弟も同様じゃないか、徹底的に調べてみろという大統領特命が下ったのです。 そこで情報部、保安司、警察、国防部、全て動員されて調査をしてみると50人余りも大量に引っかかったのです」と言う。 そして結論的には、この時に引っかかった人は全員軍隊に連れて行かれ4週間の訓練を受けることで兵役を終える。ところが「イ会長は朴(正煕)大統領に直接見つかったので、40日間30師団で訓練受けるよう措置して終結」したというのがキム元社長の証言だ。イ・ゴンヒ会長を直接調査し、その処分について朴正煕大統領の直接決裁まで受けたというのでは信じなければならない。
他の人が3年する苦労を40日で間に合わせたのだから途方もない特典だ。だが、イ・ゴンヒ会長はその時すでに30歳を越えていたし、結婚もして息子のジェヨンが3歳でかわいい盛りだ。よりによって大統領の目に止まり、歳を取ってから余計な苦労をした本人としては、とても悔しかっただろう。
だが、話はここでは終わらない。もう一度の反転を体験する。イ・ゴンヒ会長は2012年4月、一番上の兄イ・メンヒ元第一肥料会長と遺産問題で争った時、記者たちに昔話をして見せた。「その人(イ・メンヒ元会長)は30年前に私を軍隊に告訴して、父親を刑務所に入れようと朴正煕大統領に告発した人」と話した。 これは前日イ・メンヒ元会長が「(イ・ゴンヒ会長の)一銭もやらないという貪欲が訴訟を招いた」という発言に腹を立ててした話かもしれないが、彼が自身の兵役問題をどのように見ているかを示す内容だ。「父親を刑務所に入れようと告発」したことは広く知られた事実だが「私を軍隊に告訴」したことは初めて出てくる話だった。
30年前であるなら創業者のイ・ビョンチョルが外貨不法搬出、第一毛織と第一製糖の脱税を日常的に行ったとして朴正煕大統領に投書したいわゆる“謀反”事件で、サムスン一家だけでなく世間が沸きかえった時期だ。当時の投書の主人公として次男のイ・チャンヒ元新韓メディア会長が名指しされ、そのためイ・チャンヒ元会長は米国に追い出されている。
これと関連してイ・メンヒ元会長は、1993年に刊行された自叙伝『伏せておいた話』を通じて「謀反事件は弟のチャンヒが投書したのに、投書に私も一緒に介入したと父親は誤解したようだ。 だが、私は絶対に介入していないと誓うことができる」と主張した。 だが、イ・ゴンヒ会長はその謀反事件の中心に、長兄イ・メンヒ元会長がいて、自身までも軍隊に告訴し苦労させたと見ているようだ。従って昼間にゴルフをしていて運悪く朴正煕大統領に見つかったのではなく、兄たちが父親と自身を排斥するために父親については不正問題、自身については兵役問題で大統領府に投書し軍隊に告発したと理解しているわけだ。
キム・ギョリョン元東亜コンクリート社長の証言とイ・ゴンヒ会長の見方のうち、どちらが真実かは分からない。しかし常識的に見れば、イ・ゴンヒ会長の話が事実である可能性が高い。 イ・ゴンヒ会長がいくら分別のない財閥一家の坊ちゃん時期であっても、飛ぶ鳥も落とす威勢の朴正煕大統領の前でぶらぶらとゴルフするというのは想像しにくいためだ。 当時イ・ゴンヒ会長の兵役問題は隠密に投書が入ったことなので、大統領府がキム・ギョリョン当時保安司対共処長にその出処を隠して朴正煕大統領が直接目撃したと言い繕ったのでないかと考えられる。
末っ子だけが軍隊に行かなかったのではなく、長男も次男も同様に軍隊に行かなかった。 自叙伝『伏せておいた話』に出る「明らかにしたくない履歴…密航」で、イ・メンヒ元会長は、日本への密航と兵役忌避を告白している。 時は6・25(朝鮮戦争)が始まった1950年だ。イ・メンヒ元会長は「釜山に下った後、私は日本に密航することを決心した。後に慶北(キョンブク)中学の同期生であり陸軍士官学校を卒業した後に軍人の道を歩んでいた友人には『お前たちがきっと国を立派に守るだろうと信じたので、私は日本に行って祖国の未来のために熱心に勉強した』と笑い話をしたが、その当時に密航したということは恥ずかしいことではないのか? その点については今でも申し訳なく感じている。当時、私は20歳、当然に軍隊に入隊しなければならない年齢だった」と記している。ここで軍人の道を歩んでいた友人とは、全斗煥(チョン・ドゥファン)、盧泰愚(ノ・テウ)、鄭鎬溶(チョン・ホヨン)、金復東(キム・ボクトン)など80年新軍部の錚々たる主役たちだ。
第二に、チャンヒに言及した部分からも兵役問題を推論できる。イ・チャンヒ元会長は1933年生まれだ。「私が東京農大に入った翌年の52年、チャンヒが日本に留学に来たが」という部分や日本留学生活を永くして「東京の帝国ホテルで結婚式を挙げた」という話などから類推してイ・チャンヒ元会長もまた“長期留学”という名分で兵役免除を受けたのでないかと思われる。
3世のジェヒョン、遺伝病で免除…
息子も同じ理由で免除
ジェヨンは椎間板ヘルニアで免除…
乗馬国家代表選手出身でゴルフ上級者
チョン・ヨンジンは過剰体重で免除…
大学入学学生カードには“79キロ”
このような兵役忌避は創業者イ・ビョンチョルの孫世代である3世にまで続いている。 孫の中で財界を代表する人物は、イ・ジェヒョンCJグループ会長とイ・ジェヨン サムスン電子副会長、チョン・ヨンジン新世界グループ副会長だが、全員が兵役免除という共通点を持っている。 免除理由はそれぞれ違う。 イ・ジェヒョン会長は遺伝病のためと知られており、イ・ジェヨン副会長は椎間板ヘルニア、チョン・ヨンジン副会長は過剰体重で兵役免除を受けた。
だが、イ・ジェヨン副会長は障害物部門の乗馬国家代表選手を務めたし、現在もゴルフの腕前がハンディ6でアマチュアとしては類い希な技量を誇っているという。ドライバーショットの距離は平均で250ヤードは飛ばす長距離ヒッターだ。腰を使うゴルフをしても大丈夫なのか心配するほどだ。 イ・ジェヨン副会長の同い齢のいとこである新世界チョン・ヨンジン副会長の場合は、大学入学時にチョン副会長が自分で作成した学生カードには身長178センチ、体重79キロと記録されているという。 だが、身体検査当時のチョン副会長の体重は104キロで、当時の免除基準である103キロをわずか1キロ超過して、きわどく“免除”判定を受けた。
CJのイ・ジェヒョン会長の場合は、一人息子のソンホ氏(25)も兵役免除処分を受け、父親の会社に新入社員として入り勤務中だ。 免除理由は父親と同じ遺伝病のためと知らされた。
サムスンをはじめとする財閥一家の男たちの兵役免除は、どこまで続くのだろうか。 財閥一家の2~3世は、椎間板ヘルニアや過剰体重などの身体的理由が主な免除理由だったが、この頃の財閥一家3~4世は外国国籍の取得による兵役免除が増える傾向にあるという。
KBS調査報道チームが韓国10大財閥一家の出身者628人を調べた結果、米国出生者は119人と調査されたという。 特に未成年者121人中では38人(31%)が米国で出生したと分析された。 米国籍保有率は10%に達する。 高い米国籍保有率は兵役免除につながった。韓国国籍を放棄した財閥一家の男性35人中で、23人(65%)が兵役免除を受けた。
このような点に照らして見る時、財閥一家の兵役免除はその形が変わっただけで、今後も続く可能性が高いと思われる。 そのためか、30年以上前の特権層子弟50人余りを大量に前方戦線に送って訓練させたことが、それでも公正な処置と見えさえする。