「なぜ父が代わりに謝罪するのか?」。締め切りに追われていた金曜日(12日)の午後、テレビ画面に登場したチョ・ヤンホ韓進グループ会長の姿を見て思った。集まった取材陣の前で緊張した面持ちでチョ会長は少し話した。 「会長として、父親として謝罪する」「教育を誤った罪」などが彼の口から出た言葉だ。チョ会長は、いわゆる「ナッツリターン」事件で世間の嘲笑を買ったチョ・ヒョナ「前」大韓航空副社長が起こした機内騒動について、直接謝罪した。それから数時間後、チョ前副社長が事件関連の調査を受けるために国土交通部航空鉄道事故調査委員会の建物に入る際、取材陣にほとんど聞こえない声で謝罪の弁を述べる前のことだ。
この日の大韓航空本社ロビーで行われたチョ会長の記者会見を貫くキーワードは、結局「アボジ(父)」という三文字だ。子供の過ちについて、代わりに頭をさげる父というイメージを掲げ難局を突破してみようという意味だ。韓国の国民情緒からすると、あまり失うことのない戦略だと判断したのだろう。国内の財閥総師一族の子息たちが社会的に物議を醸す行動に出るのは珍しくもないが、特に、チョ会長の3兄妹の振る舞いは多くの人々の噂になっていた。
しかし、今回の機内騒動事件の本質を、単にきちんと教育されなかった財閥総師一族の子息たちの悪行や歪んだ心の問題に置き換えることはできない。彼らに歪んだ自意識を植え付ける現在の財閥体制自体が根本的な原因だ。チョ前社長の頭の中には「父=総師」「職場=私(自分たちの)の会社」という意識がコンクリートのように固まっている。従業員を職場の同僚ではなく、僕や下男のように接する行動に隠された秘密だ。雀の涙ほどの持ち株でも会社を掌握できる後進的な支配構造、内部牽制勢力の不在、制御されない世襲体制などは、彼らのゆがんだ前近代的な自意識をさらに歪め病にまで発展させてしまった。一言で言えば、彼らは近代的意味の「個人」ではない。存在根拠を「父」に求める限り、問題を引き起こす原因も、それを「解決」するのも、結局父なのである。そのため、父が代わりに出て頭を数回下げても、彼らの癖は、心は、決して治ることも、改善されることもない。
チョ前副社長の歩みを見ていると、どうしても、誰かの姿がオーバーラップされる。自分の存在根拠をひたすら父に求めるもう一人の前近代的な「娘」のことだ。出身や背景までも不明な“秘線”実力者が国政を左右できた背景も、すでに明らかになった国政独占問題に対する歪曲した見方も、すべてが「個人」になり切れない歪んだ自意識の結果である。財閥と維新体制という不幸な双生児が、いきなりナッツと珍島犬の体を借りて再び遭遇するわけだ。形式的な謝罪だけではきれいに落ちない、あまりにも濃い汚れという点で、大手術と終末だけが必要だという点で、そして何よりも、すでに「終りの始まり」を知らせている点で、二人は本当にあまりにも似ている。
韓国語原文入力:2014.12.15 14:52