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[インタビュー] 「命を賭けた脱出より韓国社会の“黒人偏見”の方が恐かった」

登録:2014-12-30 20:08 修正:2014-12-31 06:42
コンゴ民主共和国出身の移住女性ミヤさん//ハンギョレ新聞社

 スパイの濡れ衣を着せられた。警察から避けて逃げ回った。外国に逃亡しなければならなかった。空港で友達からパスポートと飛行機のチケットを渡された。幸い出国過程で捕まりはしなかった。息を殺して飛行機の座席に座った。その時まで自分がどこの国に行くかも分からなかった。飛行機のチケットを見ると韓国行きだった。 命を賭けた脱出行だった。そうやって韓国に到着した。誰も知り合いのいない初めての地だった。

名門大学を出て米国大使館に勤務
10年前の反政府デモの時
米国スパイの濡れ衣を着せられ
無我夢中で乗った飛行機の行き先は韓国

 コンゴ人の夫に出会い、5年前に難民認定
移住女性社会活動家の援助を受けて定着
社会的企業 エコパムムの正式職員として勤務

 10年前に祖国コンゴ民主共和国を脱出して韓国に定着したミヤさん(仮名・38)は、名門大学を卒業して米国大使館に勤務したエリートだった。 まるで映画の一場面のようにコンゴを劇的に脱出したが、韓国は新たな監獄のように感じられた。黒人に対する偏見と仲間外しは骨の髄までしみこんだ。 歳月は流れ韓国で難民の地位を取得した。 結婚して子供も産んだミヤさんは、今は自分と同じように見慣れない韓国でさまよう移住女性の定着を助ける仕事をしている。 最近、社会的企業「エコ パムム」の正式職員になった。

 10年前、大規模反政府デモが起きるとコンゴ政府は、米国大使館に勤めていたミヤさんが米国に国内情報を伝え反政府デモを扇動したという濡れ衣を着せた。 ミヤさんの父親は銀行長で、母親は看護師だった。悔しかったが濡れ衣を晴らす方法は見つからなかった。

 キンシャサ大学で経営学を専攻したミヤさんは、貿易業をしたいという夢をあきらめて、一人ぼっちで韓国で生きる道を見つけなければならなかった。 初めは旅館から一歩も出ずにパンと牛乳だけで辛い時間を過ごしたが、偶然ナイジェリアから来たアフリカ人に出会った。 彼はミヤさんの話を聞くと韓国にあるコンゴ人の集いを紹介してくれた。 ほとんどが独裁政権を避けて逃亡して来た難民だった。 幸いその集いで今の夫テュベン氏(40)に会った。 夫も同じく内戦を避けて中国を経て韓国に来たと言った。 建設現場で日雇いで金を稼ぐ夫と力を合わせてついに5年後に難民の地位を得ることができた。 だが、韓国人の黒人に対する偏見はひどかった。

 まず韓国語を習わなければならなかった。ミヤのような移住女性の定着を支援する社会運動家に会った。 エコ パムムを設立したパク・ジンスク氏(37)だった。 エコ パムムはアフリカと東南アジアの移住女性を相手に相談をしながら芸術的素養を発掘して発展させて創意的作品活動まですることができるよう支援活動を行う団体だった。

 ミヤさんはすでにフランス語と英語に堪能だったが、パク氏から新たに韓国語を習ってアフリカ風のアート商品と手芸品を作った。 絵も描いて売った。 自立のための苦闘だった。 その間に息子も2人(9歳、7歳)産んだ。

 ミヤさんは韓国社会に言いたいことがたくさんあるという。「初めは韓国語が上手くなり、韓国の事情になじみさえすれば韓国人になれると思っていました。 でも、韓国人の黒人に対する偏見はとてもひどいものでした。 私たちも同じ人間で、同じ赤い血が流れていると叫びたいと思いました」。ミヤさんは自分のような政治的難民は決して犯罪やテロを犯して逃亡してきた法律違反者ではないということを韓国人に認識してほしいと思っている。 まるで犯罪者のような扱いをする雰囲気が苦痛だ。

 韓国社会は自分に機会も与えてはくれなかったと話した。「○○するなというガイドラインだけがあり、何をすれば良いという機会を与えはしませんでした。 適応するのがとても大変でした」。ミヤさんはすくすくと育つ二人の息子の将来も心配している。 医者になりたいという息子が、将来医大を卒業して医者になった時、果たして受け入れてくれる病院があるのか、もし就職できたとしても黒人の医者に診察を任せる韓国人患者がいるのか、心配だらけだ。

 「将来、息子が愛した恋人の両親が、息子を“人間”(human being)として接してくれるかも心配」というミヤさんは「より良い人生を追求する人間の本性は誰しも同じだ」と話し、涙を浮かべた。 さらにエボラ出血熱のせいなのか、地下鉄で鼻をつまんで息を止めて逃げる薄情な韓国人もいると話した。

 「この社会に奉仕して、堂々と韓国人として暮らせるように、すべての関心が必要だ」と話す彼女は、韓国の子供たちがアフリカをよく理解できるように、おもしろい童話を書きたいとも話した。「苦労の末に見つけた自由を韓国社会が大切にして下さるようにお願いします」。ミヤさんは厳しい寒さより、韓国人の強い偏見から自由になりたいと話す。

文・写真 イ・ギルウ先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/society/women/671471.html 韓国語原文入力:2014/12/30 18:54
訳J.S(2193字)

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