アメリカのトランプ大統領の予測不能な政策に世界中が振り回されている。関税の大幅な引き上げは、世界経済に悪影響を与えようとしている。しかし、高関税はアメリカ経済自体にも打撃となる。世界各国、特に人件費の安いアジア諸国から多くのものを輸入しているアメリカで、輸入を減らして国内で製造業を再興しようとしても、すぐに工場は建たない。アメリカを製造業の大国にしようという政策は、トランプのモットーであるMAGA(アメリカを再び偉大に)の柱だろうが、これは実現可能性の低い夢である。近い将来、高関税政策に対してアメリカ国内から反対の声が高まり、トランプは政策の再考を余儀なくされるであろう。関税の発動を90日延期したのは、その兆候である。
アメリカは政治の面でも、大きな危機に陥っている。それは、憲法や法律に基づく政治という近代国家の大原則が脅かされているということである。また、憲法の危機はこの十年ほど、先進民主主義国で共通している現象であり、アメリカの混迷は私たちアジアの人間にとって、対岸の火事ではない。
最近、欧米の政治学で、民主主義や憲法の危機を分析する本が次々と出版されている。それらの要点をまとめれば、アメリカ政治の崩壊は、法による支配から人による支配への退行ということができる。
近代憲法以前の世界では、国家は国王の所有物であり、税金は国王の財産であり、役人は国王の下僕であった。人民にとって、国王の恣意によって財産を取り上げられたり、逮捕、投獄されたりするのは迷惑千万であった。そこで、人民は革命を起こし、税をかけたり、犯罪者を逮捕、投獄したりする際には、所定の法に従って政府の仕事を進めなければならないという原理が定着するようになった。政治の歴史には、人による支配から法による支配へという大きな流れがある。
トランプはこの流れを逆転させた。彼は、大統領に就任するや否や、気に入らない官庁を閉鎖し、多くの政府職員を解雇した。また、不法移民を犯罪者と称して、犯罪に関する捜査、裁判なしで強制送還した。裁判所はこの措置を違憲と判断し、強制送還の取り消しを命じたが、トランプ政権はこれを拒否している。行政府が司法府の命令に逆らうという憲法の危機が出現したわけである。
法による支配は、スポーツに例えれば、プレーヤーと審判を分離するということである。プレーヤーは自由に動けるが、審判に反則と宣告されたら、プレーを止めなければ、試合は成立しない。トランプは、プレーヤーと審判を兼ねると主張しているようなものである。
なぜこんな自分勝手な乱暴者が最高権力者になったのか。多くの人々は、経済的困難、多様性の拡大に伴う文化的、社会的摩擦の高まりに対する不満を持っており、ルールを破ってでも停滞を打破してくれる強いリーダーを求めているというのが、一応の説明である。
こうした現象は、アメリカだけの問題ではない。2010年代後半の日本では、安倍晋三政権の下で人の支配が横行した。国有地が首相の知人に格安で譲渡され、疑惑が発覚すると、その件に関する公文書が改ざんされたり、廃棄されたりした。首相に近いジャーナリストに性犯罪の容疑で逮捕状が出ても、警察幹部がそれを握りつぶした。また、韓国では、昨年末にユンソンニョル前大統領が非常戒厳を宣言し、独裁を敷こうとした。
しかし、日本では、安倍退陣後、自民党政権の支持が低下し、選挙で大敗して、権力の私物化は一応止められた。韓国では、弾劾が成立し、ユン大統領は罷免された。その意味で、世界的な民主政治の混迷状況の中で、日本と韓国は相対的に健全ということもできる。
もちろん、課題は大きい。韓国では次の大統領が、政治に対する国民の信頼を回復できるかどうかが問われる。日本では、この夏の参議院選挙の結果次第で、石破政権が崩壊し、さらに大きな混沌に陥る可能性もある。いずれにしても、国民がルールを尊重する常識的な人物を選ぶという責任を果たさなければならない。
山口二郎|法政大学法学科教授(お問い合わせ japan@hani.co.kr)