結局、ビラが南北高位級接触を不発に終わらせた。南北の間の大通りはおろか、かろうじてつながっていた小道まで途切れてしまった。そのビラは朴槿恵(パク・クネ)大統領が自らばら撒いたも同然だ。 「取り締まる実定法がない」と宣言してしまったために、ビラ飛ばし団体は勢いに乗り、警察は飛んで行くビラを黙って眺めているだけだった。
なぜ朴大統領はそんなことを言ったのだろうか? 本当に「表現の自由」を尊重したためだろうか? そうだとしたら政府自ら気まずい思いをするだろう。 朴大統領が髪に花を挿して色とりどりのチョゴリを着た姿のビラをばらまいたとして、画家を逮捕した政府なのだからだ。
では、北朝鮮を押しつぶすためだったのか? 「統一は大当たり」と言ったので、そんな疑いを受けることもありうる。 だが、国家主権の核心である戦時作戦権を米国に渡し、その理由に挙げたのが北朝鮮の途方もない軍事力だ。そんな軍事大国をビラ数枚で崩壊させられると期待したなら誇大妄想だ。でなければ保守層を結集させるため? 朴大統領はすでに精一杯で溢れるほどの支持を彼らから受けている。 それほど恋い慕う必要もない。
そこで筆者は一つの‘仮説’を立ててみたい。ビラは北朝鮮に飛ばされるが、本当の狙いは米国と中国であると。ビラまきにより南北の緊張局面をある程度持続させた方が、米国と中国という大国に対して気が楽になるという論理だ。合点がいかない読者のためによく似た事例を挙げてみる。 日本との関係における慰安婦問題だ。
朴大統領は就任以後、この問題に対しては実に非妥協的な態度を示している。 今まで日本の安倍首相に一度も目を合わせようとしていない。 ところで、これは徹底的に‘対外用’である。数日前、オランダ国王に会っても慰安婦の話を持ち出すほど国際社会に拡声器を向けているが、実際に近くに暮らしている慰安婦ハルモニ(おばあさん)に対しては暖かい言葉をかけようとしない。あれほど多くの人々を大統領府に呼んで食事をさせて握手をしながらも、ハルモニたちを招請したという話は聞いたことがない。 むしろハルモニたちが会ってほしいと頼んだが断ったという話ばかりが聞こえてくる。
何か理由があるはずだ。思い当たることがある。それは慰安婦問題を‘盾’にして韓米日三角軍事同盟に括られることを最大限に遅らせたり、同盟の強度を弱めようとすることだ。米国は韓国政府に日本と手を握って中国を包囲する先頭に立てと要求している。しかし、その要求を黙ってそっくり聞き入れることはできない。中国との貿易規模が米国と日本を合わせた規模より大きいという現実で、そんなことをすれば飯のタネを失ってしまう。 とはいえ米国の話を聞かないフリをするわけにもいかない。 安保で全面的に依存しているのが他でもない米国だからだ。そこで脇の甘い日本を捕まえて噛みついているわけだ。 米国に対しては「日本のせいで一緒にやるのは難しい」と圧迫を避け、中国にはそれなりに努力しているのを見せられる。
その上、安倍首相は慰安婦問題をきれいに解決できる人物ではない。 安倍首相は失われた20年を取り戻すために、日本社会の極右的エネルギーを最大限に引き上げようとしている。そのような安倍としては、慰安婦など過去の問題について謝ることになれば自身の存立根拠が揺らいでしまう。朴大統領としては、安倍が健在なことがかえって幸いとなる。 慰安婦問題が人道的次元ではなく外交の道具として使われているわけだ。
北朝鮮向けビラも同じだ。米国はいわゆる‘アジア回帰’を宣言した後、徐々に中国包囲網を広げている。その口実は北朝鮮の核とミサイルだ。 日本を軍事大国に育てることも、韓国にサード(THAAD)を配置することも、すべて北朝鮮のためだと言っている。 そこで韓国が勝手に北朝鮮に近づけば、米国の名分を奪ってしまうことになる。だから米国は南北高位級接触などの流れに対して明確に不満を表した。10月4日、ファン・ビョンソ人民軍総政治局長ら北朝鮮高位級要人3人が突然韓国に来て、迂闊にも対話の門を開いてしまったが、韓国政府がそれを覆すためにビラほど手っ取り早いものはなかった。ビラを散布する複数の北朝鮮脱出者団体は、政府の支援金を受け取っているので、別に難しいことは何もない。
ビラを飛ばして南北間の緊張が維持されてこそ、中国に対しても物が言える。中国はますます不満を表わしている。 「サードが韓国に配置されれば、韓中関係は破綻するだろう」と脅す。 このまま進めば、いつか中国が実力行使に入ることもありうる。 本当にそうなれば10年ほど前の‘ニンニク紛争’とは比べものにならないだろう。 だから朴大統領としては、戦作権問題も、武器導入も、韓米日三角同盟も、すべて北朝鮮のせいだと弁解しなければならない。そして、そのためには南北が適切な強度で争い続ける必要があるのだ。
大国間に挟まって小国を引っ張っていかなければならない朴大統領の境遇は十分に理解できる。 いや理解どころでなく、あっちこっちと顔色を伺わなければならない韓国の大統領に対して憐憫の情まで感じる。 しかし、こうした方法はあまりにも危なっかしい。 そして、これ以上は通じようもない。
どんなに慰安婦を持ち出してみても、結局は戦時作戦権移管延期決定を下し、韓米日三角同盟への編入が事実上決定された。自分の足で歩いて行ったのか、引っ張られて行ったのかは重要でない。韓国は結果的に米国側に立つことになったし、それも一番前の先鋒だ。
常にある単なる国際的緊張ではない。 1972年にニクソンと毛沢東が会って以来、40年を越えて続いてきた北東アジアの平和が壊れる局面だ。 このような時であればあるほど、南北間の仲は良好でなければならない。米国と中国という二つの大国が勝負しようというのだから止める力はない。それでも朝鮮半島が戦場になる最悪の状況は避けなければならない。いくら大国の顔色を見なければならない状況だといっても、して良いことと、してはいけないことがある。韓国はすでに1950年の冷戦の狭間で互いを虐殺する悲劇を骨に凍みるほど味わったではないか。それなのにビラだなんて!