労組合法化後 公権力が投入されたことは無い
労働界 激昂の中で対国民要請文 発表
全国民主労働組合総連盟(民主労総)本部に警察が強制進入したことは、民主労総が1999年に合法化された以後、14年ぶりの事態だ。 警察の強制進入作戦が行われた22日午後3時頃、民主労総事務室で非常勤務をしていたある幹部は、震える声で「民主労総は80万労働者の象徴だ。 これを踏みにじりにきた。 正常な政府ではない」と話した。
■民主労総合法化の後、公権力投入は‘0’
民主労総本部に対する警察力投入は今回が2回目だ。 民主労総設立の2年後である1997年1月、警察は全面ストライキを準備していた民主労総指導部に対し、業務妨害の疑いを適用して、当時ソウル城北区(ソンブクク)三仙洞(サムソンドン)にあった民主労総事務室を押収捜索したことがある。 だが、その時は民主労総が法外労組であり、組織がそこまで整備される以前だった。 民主労総指導部の方針により特別な抵抗をせず衝突もなかった。
1999年民主労総が法制度内に入ってきた後、歴代政府は直接的な公権力投入は自制してきた。 裁判所が押収捜索・逮捕令状を発行しても、実際には警察力投入はなされなかった。 △2001年 大宇自動車ストライキ△2003年 貨物連帯ストライキの時も令状が発給され、警察力が本部周辺を取り囲んだことはあるが、強制執行はなされなかった。(表参照) 相対的に労働界に好意的であったと言われる金大中・盧武鉉大統領の時にだけそうしたわけではない。 労働界から‘反労働政権’という呼称を得た李明博政権ですら、民主労総本部にはただの一度も警察力を投じることはなかった。 特に2008年、全国を席巻した狂牛病ろうそく集会は、政権としては権力の根幹が揺れるほどの重大事態だったが、民主労総に対する公権力使用は自制した。 裁判所は狂牛病ろうそく集会を主導したとして、イ・ソクヘン民主労総委員長など指導部に対する逮捕令状を発行したが、警察は1週間以上ソウル永登浦区(ヨンドンポク)の民主労総本部を囲むだけでそのまま引き上げた。
当時の状況を記憶するウ・ムンスク民主労総非正規戦略本部局長は「警察が入ってくると毎日警告はしたが、結局入らなかった。 ‘労働者の聖地’に打ち入ってくるということに対して負担を感じたものと理解する。 李明博政府でもしなかった警察力投入を強行した今回の政権に驚くばかりだ」と話した。
翌年の鉄道ストライキ時も、キム・ギテ鉄道委員長など指導部が逮捕令状発給後に民主労総に身を避けて守っていたが警察は進入しなかった。
■民主労総 "全面ストライキで対応"
公権力投入という‘槌’で殴られた民主労総はこの日午後、非常中央執行委員会会議を開いた後「政権退陣のための実質的な行動に突入する」として、来る28日に全面ストライキを行うと宣言した。 非正規職問題解決を要求して昨年8月全面ストライキを行った以後、1年4ヶ月ぶりの全面ストライキ宣言だ。 通常の年に比べて社会各部門の不満と不安定性が強化された状況であり、全面ストライキの規模は小さくない展望だ。
民主労総はこのために直ちに23日全国的に労組幹部が参加するストライキおよび総力決起大会を開き、対政府闘争の熱気を集める一方、連日ろうそく集会を開いて最近の‘お元気ですか’熱風に集まっている市民との連帯のための接触点も広げる方針だ。 民主労総は大規模宣伝戦を全国的に推し進めて国民の意思を集めるとして「死を覚悟した闘争で必ず民営化阻止と鉄道ストライキ勝利、労働弾圧粉砕を勝ち取る」と決意を新たにした。
鉄道労組も声明を出して「料金が安く安全な鉄道を望む国民と鉄道労働者の希望を、ついに警察の軍靴で倒そうとするならば民心の巨大な逆風はこの政権の傲慢さを審判してしまうだろう」と警告した。
イ・ジョングク記者 jglee@hani.co.kr