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[寄稿]誰のための「憎悪の政治」なのか

登録:2022-04-02 16:01 修正:2022-04-05 07:38
ペク・スウン|弁護士
国民の力のイ・ジュンソク代表が大統領選挙を翌日に控えた3月8日午後、光州北区の全南大学裏門前で演説している/聯合ニュース

 憎悪は政治のいい素材だ。 他人のことを認められない誰かを味方につけることができる。 そして、それが半数を超えれば政治的利益となる。よく政治とは51対49の戦いだと言われる。 差が小さくても、票をより多く得た人がすべてを独占する構造だ。そのためか、違いをあらわにして利益を得られる素材があれば、政治家たちはすぐさま飛びつく。政治的正しさは教科書の中の話だ。

 ここに一人の政治家がいる。若くして政党の代表になったイ・ジュンソクという政治家だ。イ・ジュンソク代表が登場した時、多くの青年は期待した。イ・ジュンソク代表が既存の政治家とは異なることを望んだ。一時は古い政治家に対する歯に衣着せぬ発言で強い支持を得た。しかし、イ・ジュンソク代表への期待が失望に変わるのに長い時間はかからなかった。大統領選挙の過程とその後に彼が見せる態度は、既存の政治家と同じだった。異なることを期待したものの、イ・ジュンソク代表は同じだった。

 大統領選挙が終わった後、イ代表は再び「違い」を利用して政治的利益を得ようとしている。障害者団体の通勤時間デモを問題視したのだ。「最大多数に不幸と不便を与えないと自分たちの主張が貫徹できないという非文明的な観点から違法デモを続けている」とも述べた。政治家としてイ・ジュンソク代表が代弁しているのは、障害者デモによって不便を強いられている私のような人々だろう。もちろん私も、大事な出勤時間にデモを続ける障害者団体に腹が立ったことがある。恥ずかしい話だが、心の中では悪態をついたこともある。しかし、公的領域において特定集団に対する憎悪を煽るイ・ジュンソク代表の主張には共感できない。私を弁護してくれるイ・ジュンソク代表の話は、好ましいものとしてすんなりと受け止めることはできない。

 それはまさに、イ・ジュンソク代表が本当に私のために行っているとは思えないからだ。イ・ジュンソク代表は政治家だ。政治家の言葉はそのまま信じることができないだけでなく、自分の政治的利益のためのものである可能性が高い。もしかしたら、地方選挙が迫っているから、特定団体の政治的な偏向を指摘し、それらの団体のデモを違法と規定することで票の計算をしているのかも知れない。これは経験則からしてかなり合理的な推定だ。

 さらにイ・ジュンソク代表の話が恐ろしいのは、「違う」ことを強調する彼の話の中では、私もいつでもその「違う者」になり得るというところにある。国民を51対49で分ける政治家が語る話の中では、誰であれ49の位置に置かれうるからだ。出身地、大学、そして住宅を所有しているかどうかなど、私を社会的弱者にしうる基準は多い。先の大統領選挙の過程でも、イ・ジュンソク代表は平凡な日常を生きる普通の女性を特定集団の敵にした。彼女たちの正当な主張は過激なフェミニズムだと罵倒された。政治家の言葉ひとつで社会的弱者が憎悪の対象に変わるという、ぞっとする瞬間だった。憎悪の政治が続けば私以外にも誰であろうと、政治家によって社会的弱者かつ憎悪の対象となりうるのだ。

 憎悪を作り出す政治家が活動する世の中では、政治は国民の信頼は得られない。 そして、そのような人々が青年を語る世の中では、青年のための世の中は作られ得ない。 何よりもその中で生きていく普通の人々は、政治家たちが線を引く違いの対象とならないために不安の中で暮らさなければならない。もしかしたら、政治家が始めた憎悪こそ我々の生活を苦しめる主な原因なのかもしれない。

//ハンギョレ新聞社

ペク・スウン|弁護士 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/because/1036842.html韓国語原文入力:2022-03-30 15:51
訳D.K

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