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[特派員コラム]“物静かだが粘り強い”日本の市民たちへ

登録:2020-07-16 21:56 修正:2020-07-17 08:28

 日本で3年3カ月間の特派員生活を終え最近帰国した。その間に毎年参加した行事がいくつかある。代表的な行事が9月1日に東京墨田区にある横網町公園で開かれる関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典だ。1923年9月1日、東京を含む関東地域で起きた大地震の後「朝鮮人が井戸に毒を撒いた」というようなデマが広がり、少なくとも朝鮮人数千名が日本の自警団と警察により虐殺された。毎年9月1日頃に関東の各地で朝鮮人犠牲者追悼式が開かれる。横網町公園で開かれる追悼式もこの中の一つで、1974年から続いている。

 日本の市民たちは、50年近い歳月にわたり横網町公園で追悼式を続けてきた。簡単なことではない。特に東京都知事の小池百合子氏が初めて当選した翌年の2017年から困難が大きくなっている。小池知事は、2017年から歴代の都知事が送ってきた朝鮮人犠牲者追悼文を送らなくなった。彼女は「(関東大地震の時に亡くなった)すべての犠牲者を一緒に追悼する」という理由を挙げた。虐殺で犠牲になった人々と、自然災害である地震で亡くなった人とは被害の性格が違うという批判を受けたが、気にとめようとしなかった。日本の右翼たちも、2017年から朝鮮人虐殺犠牲者追悼式から数十メートルの所で“妨害行事”を開いている。

 日本社会の右傾化を象徴的に表わすものだが、あまり知られていない別の話も紹介したい。小池知事が追悼文の送付を拒否した2017年から、朝鮮人犠牲者追悼式の参加者数はむしろ増加している。2017年の参加者数は、2016年より1.5倍多い500人余りだった。昨年は700人余りに膨らんだ。最近東京都は、朝鮮人犠牲者追悼式の主催側に一種の遵法誓約書を提出しなければ行事許可は出せないとし、追悼式の主催側を圧迫し、日本の市民3万人以上が抗議文に署名した。

 日本に暮らしている間、日本社会の右傾化に対抗するこうした日本市民の姿を何度も目撃した。2017年夏、首都圏の神奈川県川崎市の平和公園で右翼が「ヘイトスピーチ」(特定集団に対する公開的差別・嫌悪発言)をすると、日本の市民たちが公園全体を取り囲み「カウンター」(反対)集会を開いた。右翼たちは数メートルも前進できずに後退した。昨年には愛知県で開かれた国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」に「平和の少女像」が展示された。右翼の脅迫電話などで開幕3日で少女像の展示が中断されたが、市民の抗議と展示プランナーの努力で閉幕の1週間前に劇的に展示が再開された。日本の市民運動は、韓国と比較すれば派手でない。韓国のろうそく集会のように数十万人が参加する集会はなくなって久しい。集会も参加者の発言を聴く形態を中心に落ち着いて進行される。韓国と比較すれば、スローガンも激烈に叫んだりはしない。

 しかし、長い歳月にわたり粘り強く努力する側面では驚かされることが多い。日本では地域別に朝鮮人強制動員および慰安婦被害、関東大震災朝鮮人虐殺、朝鮮人の軍人・軍属遺骨返還のような問題について数十年にわたり研究して運動をしてきた人々がいる。韓国政府が作成した強制動員被害関連真相調査報告書の随所にも、こうした物静かな日本人活動家の助力の跡を容易に見つけることができる。個人的にも日本の市民活動家の助けがなかったら日本国内での取材は不可能だったと思う。改めて感謝の気持ちを伝えたい。

//ハンギョレ新聞社
チョ・ギウォン東京特派員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

※チョ・ギウォン東京特派員は6月22日に帰国しました。新任のキム・ソヨン東京特派員は日本の入国制限措置が緩和され次第、現地に赴任する予定です。

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/953975.html韓国語原文入力:2020-07-16 18:24
訳J.S

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