登録 : 2017.07.17 22:40 修正 : 2017.07.18 09:10

 果たして私たちにとって北朝鮮とは何であったか?そして現在は何であるか? 私たちの北朝鮮観はどのように変わってきたか?そして今その現住所はどこか?果たして現在韓国の北朝鮮観は平和共存モード造成に相応しいか?外交・統一問題においても、他者に対する接近の心性的基盤となる相手に対する態度ないし立場は非常に重要である。

 文在寅時代の新しい対北朝鮮アプローチが成功するには、私たちは何よりもまず私たちの対北意識から反省的に見直さなければならない。北朝鮮の「脅威」を誇張するのと同様、北朝鮮に対する優越意識も虚構的であり、“百害あって一利なし”でしかない。

南北首脳が会談するならば?//ハンギョレ新聞社

 李明博(イ・ミョンバク)・朴槿惠(パク・クネ)の積弊政権没落以後、9年も退歩ばかり繰り返してきた南北関係がついにまた平和共存と協力モードへの軌道に乗るだろうという期待が生まれている。しかし、長期にわたる退歩の期間を後にして南北関係を再び本軌道に乗せようとするならば、私たちはまず一つの本格的な問いに対する答えを試みなければならないだろう。果たして私たちにとって北朝鮮とは何であったか?そして現在は何であるか? 私たちの北朝鮮観はどのように変わってきたか?そして今その現住所はどこか?果たして現在韓国の北朝鮮観は平和共存モード造成に相応しいか?

 誰かを相手にする際に、対象に対する「私」の考えからまず整理してみるのが人生の鉄則だ。外交・統一問題においても、他者に対する接近の心性的基盤となる相手に対する態度ないし立場は非常に重要である。それで、どの時期よりも南北間の接触が再び活気を帯びることが予想される今この時点に、このような反省的検討が必要だと思われる。

 今では到底信じられないが、1950~70年代までは韓国の当局者にとって北朝鮮は恐ろしい存在であると同時に、一種の模倣対象でもあった。恐ろしいというのはいろいろな次元においてであった。軍需企業など重工業まで含めた工業化を韓国よりも先に行なった北朝鮮の軍事力も恐ろしかったが、何よりも「第3世界型福祉国家」としての姿を既に取り揃えた北朝鮮の魅力的な面貌が南の平民に知られるのではないかと恐れたのだ。既に1950年代の末に北朝鮮は無償の医療と教育、そして住居配分制などを誇ることができたが、韓国は当時お金がなければ病院の近くにも行けず、子どもを大学に送ることも考えられないというのが普通だった。

 そのうえ日本軍将校出身が大統領である国では、抗日武装闘争の経歴を持った人々が要職にあまねく布陣している北朝鮮の民族主義的名分も、常に目の上のたんこぶだった。そのため、特に1970年代に朴正煕(パク・チョンヒ)政権は主体思想の存在を意識したような「民族主体性」をとりわけ掲げようとした。北朝鮮で既に1950年代から国策事業として進められた古典邦訳事業を、民族文化推進会を通して韓国でも可視的に展開し、北朝鮮の社会科学院を意識して韓国情神文化研究院(現韓国学中央研究院)をつくった。そして北朝鮮の「愛国烈士」優遇と競争するかのように、朴正煕が執権するや独立運動家たちに勲章授与・追叙を始めた。もちろん社会主義系の独立運動関連者は除外されたが、それは北朝鮮で金日成(キム・イルソン)の「パルチザン派」と葛藤をきたしたその他の派出身の独立闘士たちが粛清の犠牲になったり、日陰で暮らさなければならなかったことと同様だった。

 北朝鮮に対するその当時の劣等感と対決意識の象徴は、ほかでもないあの有名な「陽地(ヤンジ)サッカーチーム」だった。1966年のワールドカップで北朝鮮チームが強者の中の強者であるイタリアを破ってベスト8まで上がった時、朴正煕とその家臣はその衝撃から、国家すなわち中央情報部の集中的支援を受ける最強のチームを作らねばと心に決めた。中央情報部部長キム・ヒョンウクが「直接面倒を見る」俗称「陽地チーム」に、軍に入隊したあるいは入隊しなければならない年齢の選手が選び出され、全面的な支援とともに大企業役員レベルの月給を受け取るようになった。当時としては“天国”とも言える西ヨーロッパでの転地訓練という「特典」まで享受した。キム・ヒョンウクが失脚してこのチームも権力者の視野から遠のき、結局北朝鮮選手と対戦もしないうちに散らばってしまったが、その当時韓国の権力者が北朝鮮をどのような目で眺めたのかは、このチームの存在がよく示している。

 1980年代には韓国の経済規模や戦闘力が北朝鮮をはるかにしのいでいたが、韓国の支配者が相変わらず相当な対北朝鮮恐怖意識を持っていたことは確かだ。

 1985年まで九老(クロ)工業団地の電子メーカー労働者の賃金は、残業手当など各種手当をすべて合わせても10万~12万ウォン(約1万~1万2000円)程度であり、労働時間は週60~70時間だった。軍事独裁国家であったから「市民」としての権利も事実上剥奪されていた。対北武装衝突が勃発した場合、相当数が地獄のような条件下で暮らしている韓国の庶民が政権にどこまで忠誠を尽くすかすら分からない状態だった。しかし、1989~1992年の間に起きた一連の事態が、南北間の関係構図と韓国における対北意識を完全に変えてしまった。

 北朝鮮経済の命綱だったソ連が滅んだ上に、もう一つの友邦である中国が韓国と修交してしまった。北朝鮮は対日修交で対抗しようとしたが、アメリカの圧力で水泡に帰し、事実上外交・安保次元の孤立状態に陥る。同時に韓国では賃金が上昇し、基礎的民主主義が獲得されるなど、国民統合に必要な諸条件が充足され始めた。関係がこのように逆転した瞬間、韓国の支配者が抱いていた過去の劣等感は即座に優越意識に変わった。

当時ソ連で韓国学を勉強しながら、1990年から韓国からの訪問者に会い始めた私にとって、北朝鮮に対する彼らの態度は驚くばかりだった。運動圏出身者の中にはソ連に所蔵されている資料を利用して北朝鮮の歴史・社会をもっと深く理解しようと努力した人々もいたが、大部分の韓国人訪問者は北朝鮮が期限付き人生を生きており、遠からず「自滅」して自然に韓国に吸収されると考えていた。かつて「恐ろしい強敵」だった北朝鮮は、もはや彼らにとって「哀れな敗北者」と映っていた。

 今も記憶に残っているのは、金日成(キム・イルソン)主席の死亡が知らされた日のことだ。 私はその時、韓国労総からの使節団を案内していた。そのメンバーの一人が「残念だ。分断以前の状況の記憶だけでも持っている老人が、それでも統一に対してより積極的だったろうに」と評したが、残りは主席の死亡がきっかけになって「崩壊」がじきに始まるだろうと展望し喜んでいた。金日成死亡後にはむごい大量餓死事態を伴う「苦難の行軍」の時期が展開されたが、死亡者が一番多かった初期、韓国政府は人道的支援さえほとんどしなかった。「アカは自滅するよう放っておくべきだ」という信念だったわけだ。

 しかし「自滅」はやってこなかった。すると金大中(キム・デジュン)政権は、即時「吸収」ではない韓国経済圏への漸進的で平和的な「編入」を目的とする太陽政策を稼働させた。相互認定と平和共存を志向したのはこの政策の大きな功労だったが、その出発点の一つもまた「低開発国家北朝鮮」の低賃金労働力を「先進国の入り口に立つ大韓民国」が利用して利潤を生むべきだという、極めて資本主義的で優越意識に満ちた構想だった。李明博政権のスタートとともに“太陽”は保守結集のための敵対心の雲に遮られてもはや見えなかったが、無限の優越意識はそのまま残った。ただし1950~70年代に部分的に戻ったように、この優越意識と混じっているのは核・ミサイル開発に成功した北朝鮮に対する「脅威論」の拡散だった。もちろん1950~70年代と違い、支配者は「北朝鮮脅威」に対する自らのプロパガンダをはるかに信じていなかった。北朝鮮が自殺にほかならない対南先制攻撃をかけはしないだろうということは、知る人ぞ知る事項だったからである。

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学//ハンギョレ新聞社
 文在寅(ムン・ジェイン)時代の新しい対北朝鮮アプローチが成功するには、私たちは何よりもまず私たちの対北意識から反省的に見直さなければならない。北朝鮮の「脅威」を誇張するのと同様、北朝鮮に対する優越意識も虚構的であり、“百害あって一利なし”でしかない。たとえ生活水準や体制は異なっても、北朝鮮が早い時期に成し遂げた一定の福祉体系や列強からの政治的外交的自律性、すなわち真摯な意味の主権も、経済開発ないし制度的民主主義と同様、重要な近代的価値であることを私たちは悟るべきだ。

 北朝鮮の人権に問題が非常に多いのは事実だが、韓国も同じだ。分断の双方が兵営化されているのだから、人権社会実現は構造的に不可能に近い。平和共存への道は即ち南北双方の人権改善の道でもある。しかしその道へ進むためにはまず、成金のような傲慢な心を捨て、相手の歴史的成就と長所をも客観的に謙虚に認めることができなければならない。 今も一部の脱北者が富裕な韓国を去って再び貧しい故郷に帰りたいと望むならば、その故郷の共同体的価値の中には私たちが学ぶに値する点もある程度あるのではないか。

朴露子(パク・ノジャ)ノルウェーオスロ大教授・韓国学(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

韓国語原文入力: 2017-07-11 18:12 

http://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/802371.html 訳A.K

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