本文に移動

ヒトラーではなく、K独裁者を思い起こすべき【寄稿】

登録:2025-06-10 09:48 修正:2025-06-10 12:27
ハンネス・モスラー (カン・ミノ) | ドイツ・デュースブルク-エッセン大学政治学部教授
1月25日午後、「尹錫悦即時退陣・社会大改革非常行動」主催で開かれた退陣要求集会で、参加者たちが内乱被疑者の尹錫悦前大統領をヒトラーに例えて風刺し描いた布をまとっている=ユン・ウンシク記者//ハンギョレ新聞社

 韓国の第21代大統領選挙は、これまで以上に極端なネガティブキャンペーンが中心となった選挙だった。韓国政治で相手に対する誹謗と中傷が政策より大きな比重を占めることは目新しいことではないが、3年間の尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権の権威主義的な統治と終盤の親衛クーデター後、政治的敵対は前例のない水準に激化した。その中でも、与野党を問わずヒトラーを引き合いに出したのが意外だった。

 代表的な事例として、尹錫悦前大統領が戒厳を宣布すると、革新(進歩)陣営はデモ現場、オンライン、マスコミなどで1930~40年代のヒトラーとナチスの暴力的権力掌握を連想させると主張した。類似点がないわけではないが、あえて遠い昔のドイツの例を引っ張り出してきたのだ。さらに驚いたのは、極右保守も同じレトリックを使ったことだ。(当時野党の)「共に民主党」が国会で相次いで尹前大統領弾劾案を可決させると、当時与党の「国民の力」のクォン・ソンドン院内代表はこれをヒトラーの独裁と同一視した。また、尹前大統領の弾劾後、大統領選挙の予備選への出馬を宣言したナ・ギョンウォン議員は、「民主党はナチス・ヒトラー式の多数決独裁を日常的に行っている」と主張し、同じく予備選に名乗りを上げたホン・ジュンピョ大邱(テグ)市長も同じ論理で、李在明(イ・ジェミョン)候補の当選を阻止すべきだとして、ヒトラーを引き合いに出した。それだけでなく、極右系の「セーブコリア」所属のソン・ヒョンボ牧師、チョン・ハンギル氏のような極右運動家も似たようなヒトラーの例えを持ち出した。かろうじて国民の力の大統領選挙予備選で勝利したキム・ムンス候補も、李在明候補がヒトラーよりひどいという詭弁を並べ立てたが、当の自分は党内でハン・ドクス前首相の擁立を目指す勢力によって、候補降ろしの対象になった直後だった。これについて、民主党のキム・ミンソク議員は、「国民の力こそヒトラー式の政治を展開している」と批判し、悲喜劇としか言えない状況に至った。

 このようにヒトラーは韓国の与野党いずれにとっても政治的武器となった。理由は簡単だ。ヒトラーはユダヤ人虐殺と第二次世界大戦を起こした20世紀最悪の独裁者だ。彼の名前を出すだけで相手に致命的なレッテルを貼ることができる。ところが、極右保守をヒトラーに例えるのは、むしろ歪曲された歴史認識を表わす契機に過ぎない。遠いドイツのヒトラーを登場させることで、まだ清算されていない韓国内部の独裁の遺産を忘却させる。また、ヒトラーというレッテルを乱発することにより、民主主義を破壊した内乱行為の深刻さを薄める危険性もある。

 実際、韓国で独裁の危険性を警告したいなら、あえて外国の例を挙げる必要もない。国産の「K独裁者」で十分だからだ。5回も非常権を悪用した戒厳の父、李承晩(イ・スンマン)をはじめ、朴正煕(パク・チョンヒ)は4回、全斗煥(チョン・ドゥファン)は2回も憲法を破って国家緊急権を乱発するなど、国民を裏切った前科がある。

 ところが極右保守派は、彼らとの断絶どころか、むしろ継承し賞賛してきた。国民の力の党本部には依然として朴正煕と李承晩の肖像画がかけられており、彼らの過失には目をつぶり「建国の父」「近代化の英雄」と称える。このような歴史歪曲と美化は、尹錫悦のような人物が大統領になる条件を作り出し、彼の明白な憲政破壊さえも批判されないようにした。これは単なる無知ではなく、左目をつむってしまった政治的信念の結果であり、大統領選挙で有権者の40%以上が極右性向のキム・ムンス候補を依然として支持するようになった理由でもある。

 李在明大統領と民主党はこれを痛恨の警告と反面教師として受け止めなければならない。多くの国民は、李政権が韓国をより良い未来に導くことを期待している。より強い経済、より暖かい福祉国家、そして何より本当の自由民主主義へと。だからこそ、李在明政権が今後の権力の誘惑に負け、民主主義の基本価値を忘れてしまったら、ナチス・ドイツの記憶よりはるかに身近に感じられる韓国の独裁者の例を挙げて警鐘を鳴らすべきだ。片方の目をつぶることなく、両目を見開いて、本当の自由民主主義の価値に向かって進むことを願う。

//ハンギョレ新聞社
ハンネス・モスラー (カン・ミノ) | ドイツ・デュースブルク-エッセン大学政治学部教授 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1201683.html韓国語原文入力:2025-06-09 07:25
訳H.J

関連記事