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[寄稿]広場は歴史の原動力

登録:2016-12-27 22:12 修正:2016-12-28 12:22

いくら立派な制度内の野党政治家を大統領選挙で大統領にしても、財閥共和国のゲームルールをそれだけでは変えられない。大韓民国の実質的権力構造において大統領とは財閥支配の代理人に過ぎないためだ。真の意味の変化を、大統領選挙や大統領は持たらしえない。変化は広場が導くものだ。

ろうそく集会の圧迫は、朴槿恵(パク・クネ)に対する国会の弾劾につながった。しかし、これは抵抗の開始に過ぎない。今後、誰が大統領になろうが、広場からの圧迫のみがTHAAD配備のような自殺的従米失策を防ぐことができ、非正社員の正社員化のためのまともな政策を持たらすことができる。広場のスローガンが大統領府にまでよく聞こえてこそ、大統領府の主人が民心をそれなりに考慮して政策に反映するからだ。

イラスト//ハンギョレ新聞社

 「朴槿恵-チェ・スンシルゲート」は、確かに社会を統合する一つのしくみになったようだ。韓国国内はもちろん、国外でも韓国人どうしが会いさえすれば話題はまさに“朴槿恵事態”に及ぶ。もちろん、だからと言って自然に階級意識に至るまで大衆的に成長するわけではない。まだ大部分にとっては、朴槿恵は最悪の新自由主義的政策をブルドーザーのように押し進めようとした財閥権力の代表者というよりは、単純に人格的欠陥などで失敗した大統領であるに過ぎない。それでも、サムスンをはじめとする大企業が朴槿恵政権と癒着して金銭を与えて彼らに必要な政策を推進したという事実、すなわち国家公共権力が企業らによって私有化されたという点が大多数にとって問題の核心中の一つとして見えたということは意味深長だ。朴正煕神話に続き、サムスン神話、輸出大企業の神話も崩れてこそ、この国が生きることができるためだ。

 ところが、国外で会う韓国人と政治に関する対話をしてみると、私としては一つ困難がいつもつきまとう。相手方にとっては「次の大統領選挙」と色々な潜在的大統領候補たちが焦眉の関心事だが、私は率直に言って、この部分にはさほど関心がない。もちろん、朴槿恵のように国政を預かる能力が全くない人間が大統領になるということは、それこそ惨事にほかならないが、普通の場合には誰が大統領になっても政策の核心は別に変わらないためだ。もちろん、特に対北朝鮮政策のように政権の政治的色あいにより変わる部分もある。ところが従米(対米追従)・新自由主義的政策の基本路線は、1990年代中盤の金泳三(キム・ヨンサム)時代から今までほとんど変わらなかった。与野党の間で政権が二回も交替させられたというのにだ。

 一つ例を挙げてみよう。今でも野党の要人の間では盧武鉉(ノ・ムヒョン)時代を黄金期のように言う人が少なくない。もちろん、人間性や政治家としての品格の次元では盧武鉉と朴槿恵は比較できない。“格”が違うのだ。ところが具体的な政策を比較してみるならば、対北朝鮮関係や歴史関連施策など象徴性の強い幾種類かを除けば、その基本路線は果たしてどこまで違うだろうか。例えば、THAAD配備と関連した決定を、朴槿恵の代表的失策に挙げてはいるものの、対北朝鮮政策以外には盧武鉉政権もほとんど盲目的従米に近い姿勢を取った。既にほとんど忘却されてしまったが、盧武鉉政権がイラクに派兵した韓国軍部隊の規模は、米国と英国に次いで大きかった。韓国は3600人にもなる兵士を犯罪的な侵略戦争の現場に送ったが、地政学的位置が似通った日本は600人しか送らなかった。従米政策は国外だけではなく国内でも多大な被害を及ぼした。米軍基地が移転するといって、大楸里(テチュリ)農民の土地を強制的に奪い、抵抗する農民たちを超強硬鎮圧するのに警察でもない軍人を3千人も動員したことは、わずか10年前に“民主大統領盧武鉉”執権期に行われた。もしTHAAD配備問題が10年前に発生したとすれば、盧武鉉政権としても米国の圧力にまともに抵抗できただろうか?

 “民主大統領盧武鉉”の資本と労働に関連した政策も驚くほどに保守的だった。資本の利害関係を満たしてやる代表的な政策として、韓米自由貿易協定など韓国市場を一層緊密に海外市場に従属させた各種の自由貿易協定の推進がしばしば挙げられる。しかし、実際はそれだけではなかった。2006年から盧武鉉政権は100万ドルの範囲内で国内企業や個人の投資目的海外不動産購入を許容するなど、外国為替の国外搬出を相当部分自由化した。すなわち、韓国の労働者の血と汗で稼いだ資金が海外に流れ、そこで非生産的部門に投資されることを許容したのだ。海外でそうだっただけでなく、韓国国内でも社会にとって全く助けにならず、支配層の財布だけを肥らせる非生産的投資は、政権によってまともに規制されなかった。以前や以後の他の政権に比べて、若干は社会正義指向的な不動産政策を展開したとしても、韓国の住居価格は政権任期中に36%も上がったし、乱開発は止まらなかった。政権の序盤期に約130カ所だったゴルフ場は、政権後期には約270カ所まで増えていた。もちろん、投機と乱開発を自ら支援した李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵政権の政策との差別性もある程度は見えるものの、余剰資金が必ずいつかは崩れる不動産市場のピラミッドに流れて行くことを容認したという点では本質上大差がない。

 資本親和的政策の裏面は、すなわち反労働政策だ。朴槿恵政権は民主国家では前例のない民主労総委員長の拘束で世界的悪名を得たが、盧武鉉政権も労働闘士の拘束を特別に安易にした。人権弁護士出身(!)の大統領任期中に、監獄に捕えられて行った労働者はほとんど1100人に近く、金泳三政権時期より2倍も多かった。朴槿恵政権は警察による農民運動家ペク・ナムギ氏殺人で世界を驚かせたが、労働者を犠牲に供する無理な超強硬鎮圧は、盧武鉉時期にも日常茶飯事だった。例えば、ハ・チュングン烈士(1962~2006)を覚えているだろうか? ポスコ建設労組の組合員だった彼は、平和集会に参加して鎮圧過程で盾で後頭部右側付近に一撃を食らい倒れ、警察から何の救急措置も受けられずに結局遅れて病院に運ばれた後に脳死状態に陥り亡くなってしまった。ペク・ナムギ殺人について誰も責任を負わなかったが、ハ・チュングン殺人もまったく同じだった。事実、ハ・チュングン烈士のような非正社員労働者こそが盧武鉉政権の最大の被害者だった。盧武鉉時期の非正社員保護法は、非正社員の数をほとんど減少させることができず、彼らの権益を全くまともに保護しなかった。KTX(韓国の高速鉄道)女乗務員のように、盧武鉉時期に露骨な不当労働行為にあっても国家からは全く保護されなかった非正社員はおびただしい数にのぼる。

 盧武鉉政権の従米、親資本、反労働政策を冗長に数え上げた意図は、故盧武鉉大統領を蔑む意図はまったくない。私が言いたいのは、いくら立派な制度内野党政治家を大統領選挙で大統領にしても、財閥共和国のゲームルールをそれだけでは変えられないということだ。人権弁護士出身が大統領になっても、財閥のためにオーダーメード型政策プレゼントを降り注いで、労働者に対しては殺人鎮圧をさせる。大韓民国の実質的権力構造において、大統領とは財閥支配の代理人に過ぎないためだ。

 真の意味の変化を、大統領選挙や大統領は持たらさない。変化は広場が導くものだ。広場からの圧力は、保守的政権をして民衆に多少は有利な政策を推進するよう強制することもできる。例えば、盧泰愚(ノ・テウ)政権は、明確に反民主的軍事政権の延長だった。そのような性格にもかかわらず、盧泰愚時期に地方自治制度が実施され、南北基本合意書が締結され、国民医療保険が普遍的に適用され始め、国民年金制が初めて導入された理由は果たして何だろうか? それこそ街頭からの持続的圧力、民主労組建設とストライキが自由になった工場からの圧力だった。正統性が問題視される軍部政権は、街頭で表出される世論に特に脆弱になるが、正常な手順を踏んでスタートした政権にあっても同じだ。例えば、韓国に本格的に新自由主義を導入した政権は金大中政権だったが、その金大中時期に画期的な福祉制度の拡大が行われもした。たとえ最低生計費以下の世帯では40%程度だけが受恵者となったにすぎないとしても、基礎生活保障制という最初の生存権保障制度はまさにその時に作られた。それだけ1996~97年の労働界の全面ストライキなど、労働者の命がけの抵抗は金大中を含む新自由主義指向的指導層に圧迫を加えたと言える。

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) オスロ国立大教授・韓国学 //ハンギョレ新聞社

 現在のろうそく集会の圧迫は、朴槿恵に対する国会の弾劾につながった。しかし、これは抵抗の開始に過ぎない。今後誰が大統領になっても、広場からの圧迫だけがTHAAD配備のような自殺的従米失策を防ぐことができ、非正社員の正社員化のためのまともな政策を持たらすことができる。広場のデモ隊のスローガンが大統領府にまでよく聞こえてこそ、大統領府の主人が民心をそれなりに考慮して政策に反映する。その主人に誰がなろうとも同じだ。

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/776349.html 韓国語原文入力:2016-12-27 19:19
訳J.S(3887字)

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