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[コラム]ろうそく国民革命の政治哲学

登録:2017-02-03 03:01 修正:2017-02-03 09:33

 私たちのろうそく革命はとりあえず量的革命の段階と言えよう。大統領のとんでもない不正腐敗を是正し、財閥の専横を改革し、ブラックリストなど全体主義的な言動を是正しようとするのは、既存の民主的価値の具現を目指す量的革命に当たる。 …彼らの主張をもっと忠実に制度政治に反映する道は、やはり国会における比例代表の拡大と大統領選挙での決選投票制度の採択ではなかろうか。

昨年12月3日午後、ソウル光化門広場で開かれた朴槿恵大統領の退陣を要求する6回目の週末ろうそく集会に参加した市民らが松明を持って大統領府に向かって行進している=キム・テヒョン記者//ハンギョレ新聞社

 今回のろうそくデモは、その規模や頻度において非常に驚くべき出来事だ。ろうそく国民平和革命の政治理想、政治哲学とは何かという問題が提起されるのも、そのような議論が実際に繰り広げられたりするのも、そのためだ。革命には政治理念、イデオロギーが付き物だ。

 私が現地で経験した1960年代後半の米国は、革命的というべき激動期だった。黒白の紛糾が激しく続く中、ベトナム戦争への介入に対する反対運動が激化し、スチューデントパワーという言葉が流行するほど、学生社会も沸騰していた。一部の進歩的な学生たちはマルコム・エックスやヘルベルト・マルクーゼの著書に夢中になった。伝説的黒人指導者マーティン・ルーサー・キング牧師が「私には夢がある」という歴史的演説を行ったのもこの時代だ。その夢は政治理想を語っており、そこには政治哲学が込められていた。

 当時の革命的事態をめぐって、量的革命と質的革命という分析を提起した理論家やマスコミもいた。量的革命とは、すでにほとんどの人が共有している価値を実現しようというもので、質的革命とは、新たな価値を模索しようということだ。簡単にいうと、白人と黒人を区別することなく、すべての人に等しく投票権を保障することや両性平等を具現しようというのは量的革命に当たり、新しい理想社会に向けて政策的実験を行おうとするのは質的革命に当たる。例えば、昨年の米国大統領選予備選挙で民主党のバーニー・サンダース上院議員が追求した政治理想は質的革命に近いものといえる。

1月21日午後、ソウル光化門広場で朴槿恵大統領の退陣を求める13回目のろうそく集会に参加した市民たちが「犯罪者の朴槿恵を直ちに拘束せよ」と叫んでいる=イ・ジョンア記者//ハンギョレ新聞社

 私たちのろうそく革命はとりあえず量的革命の段階と言えよう。大統領のとんでもない不正腐敗を是正し、財閥の専横を改革し、ブラックリストなど全体主義的な言動を是正しようとするのは、既存の民主的価値の具現を目指す量的革命に当たる。ただ、問題は革命の力学が量的革命にとどまるだろうかという点にある。

 4・19革命の時直接目にしたことだ。昼に景武台(大統領府(青瓦台)の旧称)に向かって怒濤のように押し寄せていたデモ学生たちは、ほとんどが平均的な中流階級出身だった。多くの学生たちが警察の発砲により犠牲者となった。その夜、普段はなかなか見られない、変わった光景がくり広げられた。靴磨き、新聞売りなど恵まれない青少年たちが群れをなし、「不正選挙をやり直そう。もう耐えられない、変えてみよう」などのスローガンを叫びながら、中央庁付近の夜の街を長い間行進したのだ。彼らの叫びは心の底からこみ上げてきた切実なもので、凄絶なものだった。はっきりと二つに分けることはできないかもしれないが、昼間の大学生デモでは量的革命に向けた要求が、夜間の恵まれない青少年デモでは質的革命に向けた要求があったと受け止めたい。

 民主主義の古典的定義に「人民の、人民による、人民のための政府」がある。「人民のための」では、経済問題が最も浮き彫りになる。貧富の格差の深化はまさに新しい封建的身分制度を形成しているような現実があるからこそ、財閥改革が強調されており、包容的成長、同伴成長、経済民主化などの政策方向が示されている。また、そのモデルとしては欧州モデル、特にスウェーデンやデンマークモデルなどが議論されている。このように提起されたものを綿密かつ徹底的に研究検討し、韓国社会に合う処方を模索しようとするものもある。私は処方はある程度明らかになったが、それを実践する政治的力量が備えられていないのが問題ではないかと考える。だからこそ、仕方なく処方だけをめぐって口論を続ける、騒がしいだけの「愚者たちの行進」をしているのではないか。

 「人民による」という命題に対しては、比較的はっきりした解答が出ている。今の大統領選挙制は(獲得票が)50%未満でも、相手より1票でも多ければ勝てる投票制度だ。民意をもっと十分に反映するためには、フランスなどで採用されている決選投票制を実施し、1次投票で50%以上の得票がないときは、政党間の政策連合を通じて、2次決選投票をできるようにするのだ。また今の国会議員選挙制は小選挙区制が主流であり、極端な場合、51%が勝者になって49%が敗者になる体制だ。多くの場合、いわゆる“持っている”者の遊び場となる。昨年の第19代国会で中央選挙管理委員会が、国会議員定数の1/3を比例代表とするように極めて現実的かつ大胆な提案をしたが、国会はむしろ既存の議席を減らしてしまった。国会議員全員を比例代表に選ぶイスラエル方式もあるが、国会議員の半数は地域区で、残りの半数は比例代表で選ぶドイツ方式の方が、韓国でも採択すべき合理的な選挙制度だと思われる。比例代表を大幅に採択している欧州の政治は多党制の政治になった。国民の構成が複雑多様であるため、多党制になることはあまりにも自然なことだ。それを無理に選挙制度を通じて二大政党制にはめ込むのはかえって無理だろう。多党制政党制では虹のような色とりどりの政治的主張が提起されている。議会で踏み込んだ議論を通して、最終的には多数決で統一された一つの政策を採択することが理想的である。「比例は代表の原理であり、多数は決定の原理だ」。その場合、民意は十分にバランスよく反映され、最終的な政策決定をみんなが快く受け入れられる。韓国の場合、比例代表の拡大を通じた多党制になることが、混乱をもたらすと思う人たちもいるだろう。しかし、自由で民主的な基本秩序を守る政党だけが許されるという憲法上の大前提がある。ここで注意すべきなのは「自由で民主的な基本秩序」であり、「自由民主主義的基本秩序」と勘違いし狭く考えてはならないということだ。もし米国に比例代表制があったなら、バーニー・サンダースの突風は一時的突風で終わらず、議会で堅固な議席基盤を確保する政治的成果を成し遂げたかもしれない。

ナム・ジェヒ・ジャーナリスト//ハンギョレ新聞社

 すでに「質的革命」について言及したが、この質的革命の問題は思った以上に難しい課題だ。質的革命の方向や内容だけについて議論すると、なかなか解決できず、キリがない。したがって、質的革命が胎動できる制度的基盤づくりの問題を先に議論するのが現実的だ。そのような制度的土台があれば、いかなる方向であれ、質的革命は道理に沿って展開されるだろう。要は質的革命の内容をめぐる論争に陥るよりは、質的な革命が生まれる土台を設けようということであり、それは比例代表の拡大から出発しなければならない。朴槿恵(パク・クネ)-チェ・スンシルゲートが起きて以来、様々な改憲論が提起されており、政治改革が議論されている。中には朴槿恵ゲートを打ち消そうとする意図を持った側もいて、火事が起こった家で栗を焼いて食べようというやり方ではあるが、善意を持った人たちもいる。大統領中心制を、例えば、内閣責任制に変えるということは現実的に賢明ではない。南北の分断で先鋭な国家的な対立状態にあり、改革課題が山積した韓国の現実で、大統領制の指導力とその力量は切実に求められるものだ。内閣責任制はそのような状況が解消された後に議論すべき将来の制度として残しておかなければならない。西洋のことわざに「フライパンの熱さから逃げようとして、かまどの中に入る」というものがある。繰り返しになるが、憲法や政治制度の改革において比例代表の拡大のような王道はない。例えば、改憲をするなら、憲法に国会議員定数の1/3以上を比例代表とするという条項を入れるのもいいだろう。今比例代表の規模は選挙法に規定されているが、その重要性からして憲法に規定されるべきだと思われる。一部では、漠然でありながら、ろうそくデモを主導した勢力を常設的な政治勢力化しようという声もある。ある政治集団に組織化するということはあり得るし、理解もできる。ろうそくデモの動力を持続させようとする彼らも、じっくり考えてみる必要がある。彼らの主張をもっと忠実に制度政治に反映する道は、やはり国会での比例代表の拡大と大統領選挙での決選投票制の採択ではなかろうか。とにかく量的革命の問題は明らかだが、質的革命の問題は、衆知を集めるべき私たちの課題であろう。

ナム・ジェヒ・ジャーナリスト (お問い合わせ japan@hani.co.kr)
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/781095.html 韓国語原文入力:2017-02-02 18:02
訳H.J(3683字)

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