登録 : 2016.11.04 01:28 修正 : 2016.11.04 07:54

 かすかな記憶を頼りに時間を遡ってみると、おかしなことが本当に多かった。それらがすべてチェ・スンシル氏のせいだったとまでは言いたくない。それでも、疑問と疑惑というパズルの抜け落ちた部分にチェ・スンシル氏をはめ込むと、多くのことが説明できる。便利さに頼りがちな認識構造の危険性を警戒しながらも、私だちが実体のないお化けのようなものと戦っていたのではないかと思うと、深い自己嫌悪に陥らざるを得ない。

 ワシントン特派員として赴任する前、統一部と外交部を担当していた頃、頭をかしげるようなことが何度かあった。盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権と李明博(イ・ミョンバク)政権の時も、統一・外交分野を担当していたので、朴槿恵(パク・クネ)政権の意思決定過程の退行性にはすぐに気づいた。

 前の政権に比べて一番びっくりしたのは、北朝鮮側の声明発表に対する統一部や大統領府の一歩ないしは二歩遅れた対応だった。2014年6月30日午後、北朝鮮の国防委員会が軍事的な敵対行為や相互誹謗・中傷の全面中止、韓米合同軍事演習計画の取り消しなどの内容を盛り込んだ「重大提案」を発表した。以前の政権なら、正常な政府なら、夜遅くでも当日に公式の立場を表明するはずだった。そうでないと、新聞は北朝鮮側の主張一色となり、結果的に朴槿恵政権があれほど嫌う「北朝鮮の宣伝戦に踊らされる」結果になるからだ。政府の公式立場は翌日の午後遅く、統一部報道官の名前で発表された。北朝鮮の提案を受け入れることも、修正して逆提案することもなかった。「真摯さに欠ける提案」と一蹴するのが精一杯だった。この程度の声明を出すために一日を費やしたのかと、思わずため息が漏れた。

 似たようなことが少なくとも数回あった。声明を早く出してほしいと統一部に催促していた記者たちも、「大統領府から連絡がない」と繰り返し聞かされるうちに、待つことを諦めた。さらに内密な事情を知っている当局者たちから「私たちが声明の草案を提出すると、朴大統領が赤ペンで修正して返す。それで時間がかかるようだ」と耳打ちされたこともあった。当時、「赤ペン」を握っていた人は朴大統領なのか、それともチェ・スンシル氏なのだろうか。頭の中が渦巻いている。

 人事や政策決定にもおかしなことがあった。政府省庁の高官級人事や政策案は、当該大統領府首席秘書官室と大統領府付属秘書官室を経て、朴大統領に届く。送り返された一部人事や政策案には「マル」「バツ」「三角」が付けられていたという。「マル」は実行しろという意味であり、「バツ」は実行するなということだ。それでは、一体「三角は何か」と大統領府で勤務した関係者らは嘆いていた。

 「三角」はどういう意味なのかと、朴大統領に直接訊ける人はいなかった。長官であれ、首席秘書官であれ、秘書官であれ、行政官であれ、朴大統領に直接面談できないだけでなく、電話で連絡することすら難しかったからだ。首席秘書官も秘書官も行政官も、チョン・ホソン付属秘書官の顔色ばかり窺わなければならなかったのだから、大統領府の綱紀粛正が図られるはずもなかった。朴大統領とチェ・スンシル氏を除いて、皆、名ばかりの職に就いていた。その「三角」を付けた人は朴大統領だったのか、それともチェ・スンシル氏だったのか? 悲しい質問だ。

イ・ヨンイン・ワシントン特派員//ハンギョレ新聞社

 各省庁が提出した案が全く異なる内容になって返されるたびに、一体黒幕は誰なのかと、記者や政府当局者が「合理的疑い」を持つのは当然のことだった。追跡は、政権引継ぎ委員会時代から外交安保事案に深く介入してきたチョン・ホソン秘書官から先へは一歩も進まなかった。

 米国に赴任してからも、米国の朝鮮半島専門家たちから、朴槿恵大統領に助言する核心人物が一体誰なのかと、何回も質問された。朴大統領が就任時の約束を破り、北朝鮮崩壊論にこだわったり、今年2月に開城(ケソン)工業団地を電撃的に閉鎖するなど、突出的な決定を行ってきたことが、彼らにも理解出来なかったからだ。彼らに合わせる顔がない。

ワシントン/イ・ヨンイン特派員(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2016-11-03 18:23
http://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/768701.html 訳H.J(1809字)

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