登録 : 2015.09.16 15:13 修正 : 2015.09.17 06:34

 ソウル市教育庁のチョ・ヒヨン教育監(教育委員長に相当)に一部無罪を宣告した控訴審判決は意味深長だ。選挙時に相手候補のコ・スンドク元議員に対し、「米国永住権を保有している」と主張したことと「そのような疑いがある」と主張したことを区分したのが核心論点だ。ある人は“技巧的”判決だと批判するが、類似していると見える現象から本質上異なる側面を分離して、それぞれに相応しい方法原則を適用することこそが法律的推論の基本だ。

 このような区分がなぜ必要なのかをはっきり見せる事例がある。 金武星(キム・ムソン)セヌリ党代表の婿の麻薬事件だ。金代表が大統領候補だと仮定してみよう。「金代表の影響力により不良捜査と見られる裁判が行われた」と主張するには、「そのような事実の存在に納得できる釈明資料を提示」(大法院<最高裁>判例)しなければならない。「そのような疑いがある」という主張にも同じ基準が適用されるならば、今問題になっている疑惑提起報道は全て処罰されることになる。 要求される水準の釈明資料がない状態で、疑わしい情況だけに基づいているためだ。 このような状況が正常か。 「そのような疑いがある」という主張は、その疑惑が真実ではない可能性も残しておくもので、検証と弁明を通じて真実を明らかにする触媒の役割をするのみだ。 これにまで厳格な釈明資料を要求するならば、候補の検証は事実上不可能になる。

 金武星(キム・ムソン)代表やコ・スンドク元議員は無念かも知れない。だが、それは宿命だ。 米国連邦最高裁判所はかの有名な「ニューヨーク・タイムズ社対サリバン事件」判決で、政治家をはじめとする公的人物の特性をこう描写した。「苛酷な気候でも繁茂できる不屈の勇気と忍耐を持つ強靭な人」。シム・ハクポン議員のように、事実が明らかになってもなお踏みとどまる恥じ知らず的強靭さを言うのではない。 虚偽や誇張された非難に直面しても耐えられる強靭さをいう。「民主社会では公共の事案に対して自由な討論が保障されなければならない」という原則から出る強靭さだ。公職に出るということは検証と批判を自ら要望したことであり、これに対応できる能力もあるだろうということだ。 このような理由で米国では公的人物に対する疑惑提起を徹底的に保障している。刑事処罰どころか損害賠償責任を問うケースも非常に珍しい。

 だとしても朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長は無念かも知れない。朴元淳市長は息子の兵役忌避疑惑に対して「2012年の公開検証以後、裁判所、検察、兵務庁が疑惑は事実ではないことを確認しただけでも今回が6回目」と説明する。 それでも新たな証拠もなく疑惑提起水準を超えて妄言を日常的に行う人々は明らかに度を越している。 だが、朴元淳市長が民事訴訟でもない告訴・告発で対応しているのは適切だろうか。「秩序は処罰の恐怖を通じるだけで達成されるわけではない。悪魔の代弁者に対応する方法は善意の代弁者を前面に出すことだ。公的な討論で発揮される理性の力を信じて、法で沈黙を強要することは避けなければならない」(ルイス・D・ブランダイス米国連邦最高裁判事)

パク・ヨンヒョン論説委員 //ハンギョレ新聞社

 最後に最も強靭でなければならない政治家についての話が残った。朴槿恵(パク・クネ)大統領だ。 セウォル号の惨事当日の朴大統領の行跡に疑問を提起した外国人記者と人権運動家、市民が名誉毀損容疑で起訴された。 50%の支持率を誇る一国の大統領が、公論の場を通じてこれらの人々を制圧する勇気と忍耐はなかったということなのか。検察の力を動員して口止めしなければならない程にその日の行跡に弱点があるということなのか。 国連人権理事会は韓国政府に名誉毀損罪を廃止し、公職者は民事訴訟も慎むよう勧告したが、大統領に関連した名誉毀損起訴までが乱発されるとあっては自国の姿が恥ずかしい。 金武星代表など現政権の多くの公職者も国民を告発し訴訟を起こした。 それでも足りず金代表は「批判記事を多く載せている」としてポータルにまで懲らしめようとしている。 民主主義と理性の力を信じる強靭な人はどこかへ行ってしまい、公権力の筋肉の後に隠れてしまう軟弱な公職者だけが残ったのだろうか。

パク・ヨンヒョン論説委員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2015-09-15 18:36
http://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/708959.html 訳J.S(1879字)

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