「夫婦げんかで気を悪くすることはあり得ます。対等な関係であったならです。ですが、一方的な虐待関係は次元が違います。食卓で家族と食事していて、いつどのように味噌チゲが飛んでくるのか分からないんです。加害者がいつ、何で怒っているのかが分からないので、被害者は常に緊張して生きていくしかありません。加害者は、自分がしたいようにしても何も起こらないことを経験で知っています。被害者に対する全権が自分にあると信じているから、相手が考えたり決定したり主張したりすることは受け入れられない、という性差別的な意識が下敷きになっているんです。被害者がその全権から脱しようとした瞬間、自分に司法権があると信じて相手を処刑するのです」(国会立法調査処のホ・ミンスク立法調査官)
「強圧的統制」とは、親密な関係の配偶者や交際相手を「統制し従属」させるためのさまざまなタイプの虐待行為が累積し、一種のパターンを形成することをいう。必ずしも身体的暴力を伴うわけではなく、法制度や捜査機関によっては把握されない。しかし、日常的かつ持続的に女性を縛り付ける。その被害者は青くなった目の周り、裂けた唇のような身体的被害に遭った姿をしているというよりは、人質に近い姿をしている。(「DV犯罪としての強圧的統制の法的受容についての考察」、2021年)
「危険な人物を逮捕し隔離すべきなのに、誰が危険な人物なのか正確に理解がない状態であるため、被害者保護に何度も失敗せざるを得ません。殺害にまでは至らなくても、日常での統制そのものが犯罪になり得るということを理解しなければなりません」(檀国大学法学科のミン・ユニョン教授)
暴力は繰り返された。チェさんは再び決心した。成長した子どもたちが勇気をくれた。いつ、どのように話を切り出そうか悩んだ末、釜山(プサン)に転居し、その際に離婚書類を郵送した。債務不履行でクレジットカードが作れなかったキム被告の代わりにチェさんの名義で始めた事業も、整理して引き渡すと伝えた。キム被告は、当時、結婚を準備していたスヒョンさんを言い訳にして離婚を拒否した。子どもたちはキム被告を積極的に説得した。「頼むから母さんを解放してやってくれ」、「私の結婚と親の離婚は別物だ」
農薬を2ビン持ってきて「俺が一人で死ぬと思ったか」
離婚届はキム被告の暴力性に火をつけた。チェさんが世を去る10日前の4月19日、キム被告がチェさんの自宅を訪ねてきた。平然と玄関の暗証番号を押して入ってきた。キム被告は素直に「離婚してやる」、「最後だから一度だけ抱こう」と言った。事実上強制的な性関係を結んだ後、鳥肌が立つほど笑い、キム被告は下駄箱へと向かった。「俺が一人で死ぬと思ったか」。キム被告は、家に入ってきた時に下駄箱に隠しておいた農薬を持っていた。「これを飲むか、俺についていくか決めろ」。チェさんが「どちらも嫌だ」と言うと、農薬を無理に飲ませようとした。チェさんがもがいて農薬がすべてこぼれると、「もう1本ある」と言って新しい農薬を取り出してきた。
親密な関係における極端な暴力は、加害者の所有欲や支配欲とつながっているケースが多い。「ハンギョレ21」が2016年1月から2021年11月にかけての夫(前夫、現夫、事実婚関係を含む)による妻殺害事件の205件の1審判決文を調査したところ、離婚の過程でもめたり、相手の浮気を疑ったりなど、関係的要因によって起こった殺害事件は半数(106件、51.7%)に及んだ(重複集計)。そのうち、妻が離婚を要求したり、復縁を拒否したりしたことを理由とする事件は33件(16%)だった。
その日の危機は辛うじて回避された。キム被告が送った自殺を暗示するショートメッセージを見て、キム被告の弟と息子が駆け付けたためだ。通報を受けた警察もちょうど到着した。チェさんは「処罰は望まない」と述べた。警察は「ドメスティックバイオレンス(DV)危険性調査票」を作成し、事件処理の方向性や緊急臨時措置の必要性を判断することになっている。警察は、チェさんの意思とは異なり、事の深刻さを考慮して特殊脅迫容疑でキム被告を立件した。緊急臨時措置は取らなかった。釜山地方警察庁の関係者は「時間の経過などで状況が終了したため、現行犯逮捕要件が満たせなかったうえ、加害者が仕事を理由に任意同行を拒否した」とし「臨時宿舎利用などの身辺保護制度を案内したが、被害者が拒否した」と語った。
「率直に言って、口で言うのは簡単です。復讐心からまた訪ねてくるだろうに、処罰を望むなんて言えますか。それに家はここにあるし、仕事をやめるわけにもいかないし、お金もありません。すぐにどこに移るっていうんですか」。スヒョンさんは問うた。(続く)