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30年に及ぶ暴力の果てに夫に殺害された女性…複数回の通報は無力だった(3)

登録:2021-12-21 05:56 修正:2021-12-21 09:47
イラストレーション=チョン・ダウン//ハンギョレ新聞社

「前にもこういうことがあったのか」と聞いていたなら

 2021年4月19日の特殊脅迫、4月28日午前の訪問、そしてその日の午後、キム被告は3回の訪問の末にチェさんの命を奪った。繰り返されるDVを断ち切るには、持続的な事例管理や適切な時期での介入が必要だ。しかし、殺人を阻止する最後のチャンスだった4月28日午前、警察はチェさんが4月19日の特殊脅迫事件の被害者と同一人物であることを認識できていなかった。現在の112(警察への通報番号)システムは同じ電話番号から通報のあったケースに限って過去の通報履歴が表示される、というのが警察の説明だ。警察が直に管理する「ドメスティックバイオレンス(DV)再発懸念家庭」に登録されてもいなかった。引継ぎは4月19日に昼夜のチームの間で行われたものが全てだった。引継ぎが不十分だったとして、地区隊長とパトロールチーム長に対しては人事措置が取られた。

 チェさんの携帯電話には地区隊、警察署、請願室に相次いで連絡し、深いため息をついている録音が残っている。「あの恐怖におびえる声はとても心が痛みました。恐怖におびえていたから、母の判断力も非常に鈍っていたんでしょうね。被害者本人が助けを求めるのは難しいということもあり得るでしょう。何をすればいいのか、よく分からないということもあり得ますし。その日の午前に出動した警察が、『前にもこういうことがあったのか』と一度でも聞いていたなら、10日前の特殊脅迫事件の被害者であることが分かっただろうし、より積極的な措置を、少なくともパトロールくらいはできたのではないでしょうか」

 親密な関係における暴力が起こった時、人々の視線は加害者よりもまず被害者に行く。なぜもっと早く配偶者から離れなかったのか、なぜ国家システムを利用しなかったのか、被害者を問い詰める。女性家族部による2019年のDV実態調査によると、配偶者に暴力を受けた際に警察に助けを求めた割合は2.6%にとどまっている。その理由としては、「それほどひどい暴力ではないと思ったから」(32.5%)、「その瞬間さえやり過ごせばよいと思ったから」(26.3%)のほか、「警察は助けてくれそうにないから」(6.1%)、「通報したからといって良くなるとは思わないから」(12.1%)も少なくない割合を占めた。

 「こうしたケースはほとんど似たような様相を呈しています。単純に誰かが訪ねて来たといって通報する人がどこにいますか。以前に大きな不安を抱いたことがあるから通報したわけでしょう。パートナーによる暴力を警察に通報すること自体があまりないのです。被害者が表向き『何の問題もない』と言っても、その裏を調べなければなりません。聞いてみるべきです。以前にも通報したことがあるか、最近何があったのかを。それこそ警察がこの犯罪に対すべき基本的な態度です。ましてや出動するのは当然ですよ」(韓国女性の電話のソン・ランヒ代表)

 警察庁が2018年に女性家族部と共同で制作・配布した「DV事件対応初期支援ガイドライン」には、持続的な暴力にさらされている被害者は、主体的に状況を解決することが難しい可能性があるため、外部に明らかになった身体的被害は小さくても、加害者の暴力が続いてきたのかを再度注意深く聞いてほしい、と書かれている。異なる電話番号から寄せられた通報が同一事件であることを認識できるようにするとともに、繰り返されてきた被害が把握できるようにする対策をまとめるべきだとの指摘も出ている。

うちの家族の残りの人生まで全て奪ったのに

 2021年5月、キム被告は殺人と特殊脅迫の容疑で起訴された。検察は、キム被告がチェさんを殺害し、自ら命を絶つ計画を立てていたとみた。キム被告は計画性を否認した。チェさんともみ合っていて偶発的に起きたというのだ。

 残された家族はできることを探した。持続的な暴力を証明するため、2009年のチェさんのシェルター入所記録を探し回り、裁判所に提出した。2021年9月には兄妹が自ら法廷の証人席に立った。スヒョンさんは被告人席に座っているキム被告の持続的な暴力と暴言を証言した。そして裁判所に訴えた。「昨日は兄の誕生日だったのですが、母なしで2人で過ごしました。とても寂しくてつらかった。裁判に来る前に(納骨堂に立ち寄って)母に会って来ましたが、あの加害者が罪に見合った罰を受けるように、がんばって闘ってくると約束しました。その約束が果たせるよう、判事さん手を貸してください。お願いします」。検察はキム被告に懲役30年を求刑した。

 11月4日、釜山地裁西部支部刑事1部は、キム被告に懲役20年を言い渡した。位置追跡電子装置(電子タグ)取り付け命令請求は却下した。判決は「被告が被害者を殺害し、農薬で自殺するという具体的な計画を立てていたとは考えにくい」と判断した。皮肉にも数十年間にわたって繰り返されてきた暴力が、この判断の根拠となった。「酒に酔えばいつも一緒に死のうという暴言を吐き、家族を脅すために凶器も複数回手にした」という普段の行動から見て、4月19日の犯行は離婚をあきらめさせ、チェさんをキム被告の居住地に連れ帰るために脅したものだったと判断したのだ。4月28日の犯行直後にキム被告が飲んだ農薬も、犯行のためではなく、当時耕作していた畑に使うために買った可能性があると判断した。「計画的殺人」は殺人の量刑を加重するための特別量刑因子となる。

 「農薬を事前に買っておいて、ベルも押さずに家の近くで隠れ、出て来るのを待って襲っているのに、それがどうして偶発的なんですか。加害者側の家族は、20年は長く感じられるかもしれませんが、私の母は結婚生活30年に残りの人生まで全て奪われたんです。そして、私たちの家族の残された日々も全部奪われてしまったわけで、そう考えると20年も短く感じられます」

 「ハンギョレ21」が妻殺害事件の1審判決文を分析したところ、判決文の3件に1件ほど(74件、36%)が過去の暴力を指摘していた。レンガで被害者の頭を殴るなど、酒を飲むと被害者にひどい暴行を加える(水原地裁城南2016一審刑事合○○)、他の親戚が見ている前で被害者の胸ぐらをつかんで投げ飛ばす(仁川地裁2016一審刑事合○○○)、凶器で首を刺し、その2カ月後には同じ手口で殺人を犯す(釜山地裁2016一審刑事合○○○)、被害者の乗った車に衝突する(大田地裁2019一審刑事合○○○)。繰り返され、次第に強まる暴力が遂には殺害へと至ったケースの数々だ。被害者の多くを40~50代(107件、52.1%)が占めているのも、継続的な妻に対する暴力の末に殺人に至ったということを暗示している。しかし殺人を「持続的な暴力」の脈絡の中に見ることは、捜査機関や裁判所の裁量にかかっている。韓国刑事政策研究院のチャン・ダヘ研究委員は「もちろん有罪か無罪かはその犯罪行為によって判断するのが正しいが、犯行がすでに繰り返されてきた暴力の状況の中にあるとすれば、量刑は厳密に評価する必要がある」と指摘した。

「十分に防げました」

 残された家族は各自の置かれた場所で「無理やりにでも生きよう」と努力している。チェさんの2人の姉は、チェさんが殺害される4日前に見た最後の姿をよく思い出す。親戚の結婚式の会場で会ったチェさんは、息子が買ってくれた紺色のワンピースを着て、精一杯明るく笑っていた。そんな妹の名前の前に「故」がついた。うつ病、睡眠障害、パニック障害の薬なしには日常生活を送るのは難しい。

 スヒョンさんは思い切り悲しむ余裕もない。「ぼうっとしていようと思っても、すべきことは多いし、闘わなければならない相手も多いので」残された家族に代わって「闘い、問い詰めること」に耐えている。警察の消極的な対処を問題提起するため、2~3カ月はソウルと釜山を行き来しながら過ごした。キム被告の控訴により、まもなく始まる2審も見守らなければならない。暴力の鎖を断ち切れたはずの、そして母親を助けられたはずのあの日、あの時に立ち戻っての闘いだ。「十分に防げた。助けられた。そういう思いが消えないんです」

コ・ハンソル「ハンギョレ21」記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/society/women/1023939.html韓国語原文入力:2021-12-20 04:59
訳D.K

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