登録 : 2015.08.20 23:45 修正 : 2015.08.30 06:28

檀園高校の生存生徒たち外傷後ストレス障害で不眠症
自傷行為、怒り調節障害…一生続くかも知れないのに
政府は5年間だけ心理相談費を支援すると釘を刺した

 「お母さん、ちょっと話したいことがあるの」

 セウォル号事故の生存生徒である京畿道安山の檀園(タンウォン)高校3年のスヨンさん(18・仮名)が母親のところに来て手首を見せた。 母親はリストカットの跡がうっすら残っているその手首を撫でさすりながら、止めどなく涙を流した。表面的にはスヨンさんは活逹な生徒だ。 サークル活動にも積極的で生徒会長に立候補した経験もある。 弾けるように笑う元気な姿を見て周りでは「(生存生徒の中では)比較的心配の少ないこども」と感じていた。 しかし内面はそうではなかった。

辛うじて生き残った京畿道安山檀園高校の生徒たちが、韓国社会の無関心の中で外傷後ストレス障害(PTSD)を経験している。 1月9日、檀園高第28回卒業式で生存生徒たちが卒業する先輩のための合唱公演の途中で泣いている =連合ニュース

■ 毎日悪夢…無意識のうちに自傷行為

 スヨンさんは事故後、毎日同じ悪夢にうなされた。 その悪夢が具体的にどんなものかは母親にも言わない。 ただ、その悪夢のために寝付かれず、眠っても途中で目が覚めることがしばしばあると打ち明けた。 一日の睡眠時間は2~3時間ほど。 睡眠薬も飲んでみたが、飲むとぼうっとしてきて学校生活が困難になった。 高3の受験生には致命的だった。 一人で克服しようとしてみたが、ある日、朦朧とした状態で自分でも知らずにリストカットをしたことに気付いた。 びっくりしたけれども、スヨンさんはその行為を止めることができなかった。 傷跡は時計と腕輪で見えないようにして過ごした。

 遅ればせながらスヨンさんが母親に告白したのは、友達のチヨンさん(18・仮名)のためだった。 セウォル号から脱出する際に腰を痛めたチヨンさんは、病院でレントゲンを撮るために服を着替えていて母親を驚かせた。 母親がチヨンさんの左手首に引かれたリストカットの跡を見つけたのだ。 右手首にも同じ傷跡があった。 母親の心は崩れ落ちた。

 チヨンさんの話を聞いたスヨンさんは、お母さんに先ず話そうと決心した。「お母さん、心配しないで。 直すから。お医者さんにも相談するから」。 娘の話に父親は四日間出勤することができなかった。 姉は空嘔吐の症状に悩まされながら妹のことを心配した。 母親は涙を流すばかりだった。 家族は全員一部屋で寝ることにして「苦痛の時間」を分け合っている。

 辛うじて生き残った檀園高校の生徒たちが韓国社会の無関心の中で外傷後ストレス障害(PTSD)を病んでいる。 PTSDは深刻な外傷事件を経験した後に多様な症状を見せる疾患で、精神的・身体的機能に破壊的な影響を及ぼす。 事件を経験した直後はもちろん、数カ月あるいは何年も経ってから症状が現われることもある。

 第一の症状は、事件当時の記憶や感情を再経験するものだ。 過去が現在の中に絶えず侵入(望まないのに特定の考えが反復される症状)する。 第二に、事故の記憶や感情が浮び上がらないよう自ら回避する。 そんな考えや対話だけでなく、関連した人との接触や場所も拒否する。 第三に、集中できなくなり、ささいなことで強い癇癪を起こし、しばしば怒りを爆発させる。 悪夢、不眠症、怒りが果てしなく繰り返される。

 檀園高「心の健康センター」のキム・ウンジ・センター長はこう説明した。「寝ようと横になれば事故の記憶が蘇り友達の顔が頭に浮かぶ。 寝返りを打ちながら日がのぼる頃になってやっと寝付くと悪夢が襲って来る。建物が崩れるとか、追い駆けられるといった夢だが、セウォル号事故を象徴している。 そうすると不安で一層眠れなくなる。 睡眠不足になれば憂鬱や不安が高まって鋭敏になる。 それでささいなことにもひどく怒って、悪循環が繰り返される」。 青少年精神科の医師であるキム センター長はこの7月から檀園高校で「スクールドクター」として生存生徒たちの面倒を見ている。 生存生徒の親たちは、実際に夜明けの4時まで子供達の携帯電話でカカオトークの着信音が盛んに聞こえると話した。

セウォル号事故の真相が明らかにされないことも被害者の苦痛を加重させている。檀園高生存生徒たちは去年7月、セウォル号事故の真相を究明してほしいと、檀園高からソウル・汝矣島(ヨイド)の国会議事堂まで1泊2日の徒歩行進を行なった =イ・ジョンヨン記者//ハンギョレ新聞社

■ 75人の生存生徒たち、75種のトラウマ

 キム氏は「不眠症や悪夢を訴える子が多いけれども、子供たちが経験したトラウマを一つにまとめて説明することはできない。75人の生存生徒の数だけ、多様なトラウマが存在する」と言った。 子供たちが経験したセウォル号の惨事がそれぞれ異なるからだ。

徒歩行進に参加した生存生徒のバックパックには、亡くなった友人の名札が付けられていた =イ・ジョンア記者//ハンギョレ新聞社

 「ある子は水の中で友達が足首をつかんだのを振り切って出てきたと言い、ある子は廊下まで一緒に出た友達が手をつないでいたのに水に押し流されてしまったと言う。 水に浮いた船室のキャビネットに頭を挟まれて、しばらく出られずやっとのことで脱出した経験もある。 トイレに一緒に座り込んでいた友達に出てくるようにと手を差し出したけれども恐いと言って出てこなかったと話す子も…。 その子はトイレに行く度に友達のことを思い出すと言う」。ある生存生徒の父親の証言だ。

 事故の経験が多様であるから、心理治療が5年で終わる子もいるし、一生受けなければならない子もいると、キム氏は語る。「子供たちの状態はどうですか?」、「子供たちはよくなっていますか?」。 私たちは大ざっぱに一まとめにして質問するが、生存生徒たちは個別的に、それだけ長い期間、深く心理相談をしなければならないという話だ。

 しかし最初のボタンから掛け間違っていた。セウォル号事故後に病院を退院した生存生徒たちは、親と一緒に安山中小企業研修院で合宿して心理相談などを受けたが、その時、心理治療に対する否定的認識が生まれたからだ。 4・16人権実態調査報告書『セウォル号惨事、人権で記録する』には生々しい証言が出てくる。

 「研修院での生活は、初めはほとんど合いませんでした。 スケジュールも非常にきつくて、心理治療をすると言いながら正直言って全然助けにならないんです。事故後によかったことを話してみなさいと、しきりに言うんです。 それでみんな、けんかしてた友達と連絡がとれました、みたいなことを話して…。 実際、事故があってよかったことなんてどこにありますか?」(生存生徒パク・ミンジさん・仮名)

 「心理検査が辛かったです。 千項目もの質問をして、同じことを研修院でも、学校でも、病院でも繰り返して。 検査紙のタイトルがまったく同じなんです。 それを10回以上受けました。みんな本当に(心理的に)苦しんでいるんだけれども、検査紙には率直に答えられない感じでした。(研修院生活の初期には)食事して検査して食事して検査すれば夜の10時です。そしたらもう寝なければなりません。 私の組の子たちは、やりたくなくて飛び出したりしていました」(生存生徒バク・ミンギュ君・仮名)

 「(研修院にいた時)研究所に入ったのですが、担当者自ら4カ月のプログラムだと言いました。 それを十日でやるんです。 子供たちにも親達にも。 私が感じるには、子供達は研究対象、“マルタ”なんです。 その人たちは論文書くためにやっているとしか感じられませんでした。 友達の遺体がまだ全部引き上げられてもいないのに、繰り返しほじくって心の内を出させなければならないんだそうです。一部の子たちはそこで切れてしまいました。 これが何の相談かって」(生存生徒の親イさん証言)

■ 3年間の心理相談費を300万ウォンと推定して策定

 4・16人権実態調査報告書は「生存生徒に提供された治癒プログラムは法外に不十分なものだった」と指摘した。 その上、政府は最近心理相談支援期間を5年に限定した。

 「4・16セウォル号惨事被害救済及び支援等のための特別法」(セウォル号被害救済特別法) 施行令によれば、被害者などが医療機関で心理的症状及び精神疾患などの検査・治療を受ける場合、費用のすべてまたは一部を2020年3月28日まで支援するとなっている。 もともとセウォル号被害救済特別法(第25条)は 「国家は被害者の心理的症状及び精神疾患などの検査・治療を受けることができるよう支援しなければならない」とのみ規定しているが、政府が施行令でその期間を5年として釘を刺したわけだ。 5年経っても回復しない、あるいは再発する心理的トラウマについては、政府は責任を負わないという宣言である。

 しかも、賠償・補償金に当該精神疾患などの診断・治療費を算定し含めた場合には、全く支援しないと付け加えた。 今後の検査・治療費についても、雀の涙ほどのレベルで算定している。 檀園高校のある生徒が高麗大安山病院で今後3年間の心理相談治療が必要だという診断を受けたが、推定治療費として出されたのはわずか300万ウォンだった。

 青少年は心理的情緒的に発達過程にあって、自己の心理状態をあまり表現しない特性がある。 それで最低10年間は持続的に追跡管理しなければならないと専門家は口をそろえる。 1987年3月、193人の死亡者が発生した旅客船「フリーエンタープライズ号事件」を長期追跡研究したところ、青少年は事故の5~8年後にも34%がPTSDを経験していることが明らかになった。 この事件の旅客船は船首の扉を開いたままベルギーのゼーブルージュ港を出航した後、甲板が水に浸って転覆した。

 2004年の東南アジア津波事件以後にノルウェーの遺族を追跡したところ、6年が過ぎた後にも36.2%が1つ以上の精神疾患を病んでいた。 セウォル号事故の被害者もまた、長い時間の経過後にもPTSDを発症する可能性があるという意味だ。 身体疾患も発生する。 最近 PTSD症状が現われれば糖尿発生率が高くなるという研究発表もあったし、米国の9・11テロ以後に被害者が心血管・呼吸器など多様な疾患にかかる危険が高まったという調査結果も出ている。 生存生徒たちは既に事故当時に何かにぶつかった後遺症で腕、脚、腰などに筋骨格系の痛みを訴えたり、ストレスのために皮膚炎、頭痛、逆流性食道炎、過敏性大腸症候群をかかえている。

■ 真相究明が治癒の第一歩

 セウォル号事故の真相がまともに究明されないことも、被害者の苦痛を一層重くしている。 心理学者たちは昨年8月、「真実究明を通してのみ治癒が可能だ」との声明を発表してその理由を説明した。

 第一に、悲劇的な現実の理由を明らかにしようとするのは人間の本能だからだ。「どうして沈没したのか」「どうしてもっと多くの命を救うことができなかったのか」に対する答が得られなければ、苦痛は持続するしかない。 第二に、のしかかる罪責感を減らす出発点である。 本当の原因を究明することで初めて、生き残った者たちの過ちではないと言えるようになる。 第三に、真相究明が過去と違う未来を夢見ることのできる唯一の方法である。 途方もない代償を払ったのに何も変わりがないならば、不信と無力感で私たちの社会は一層大きな危機に直面するだろう。

 それが去年、生存生徒たちがセウォル号裁判の法廷証人として立ち、安山の檀園高校からソウル汝矣島(ヨイド)の国会議事堂まで1泊2日の徒歩巡礼を行なった理由でもある。「子供たちが友達のために何かしたいのにやれることがないから。(裁判の証人や徒歩巡礼など)すべて子供たちがやろうと言ったんです」(生存生徒の親オさん)。 「子供と話していると、友達はどうして死んだのか、明らかにしなければならないじゃないかと言うんです」(生存生徒の親イさん)

 被害者の意思に反して心理相談支援が5年に限定された理由は何だろう。 文字通り被害者を救済・支援する法律であるにもかかわらず、政府が被害者を排除して施行令を作り、支援方法を勝手に決めたからだ。「(施行令案を)一方的に受け取らされ、国はこうすると(宣言したんです。被害者は)集まって投票して作り直しました。 すべて保留されました。 ゼロです。 生存者は一生治療をしてもらわねばならないのに『あんたたち、生きて帰ってきたじゃないか』この一言で終りです」。生存生徒の親パクさんの言葉だ。

 これまで大型事故が発生すれば被害者と政府あるいは加害者側がそれぞれ損害査定士・弁護士を選任して被害を算定した。 その差が大きければ交渉を経て最終案を決めた。 しかしセウォル号被害救済特別法は、賠償・補償基準は4・16セウォル号惨事賠償及び補償審議委員会が、心理相談費支援は4・16セウォル号惨事被害者支援及び犠牲者追慕委員会が決めることにした。 被害者の立場を代弁する人は委員会に誰もいないと言える。

 生存生徒の父親オ・ジヨン氏はもどかしいと言った。「委員会に出席して子供たちの苦痛について話したけれども、全然分かってくれません。 泣けるだけ泣いて気を失って自殺・自傷行為を試みるほど、それほど子供たちが苦しんでいるのに、海洋水産部が『(生存生徒たちは)元気でいる、大丈夫だ』と言うからその言葉だけを信じて…」

 賠償・補償金、心理相談費支援の申し込み期間は9月28日までだ。 あと2カ月しか残っていない。 施行令公布後6カ月以内と限定していて、民法と国家賠償法が定めた消滅時効(3年)よりはるかに短い。半分に削られた予算でようやく第一歩を踏み出した4・16セウォル号惨事特別調査委員会(特調委)の真相調査結果を全く反映することができない状況だ。 後に国家の不法行為が明らかにされても、追加賠償を受けることもできない。 セウォル号被害救済特別法(第16条)を見れば「賠償・補償金、慰労支援金支給決定に同意する時、国家と申請者(被害者)は民事訴訟法上の裁判上の和解が成り立ったものとみなす」となっているためだ。

■ 我が子が不利益を受けるのではと国家損害賠償を請求できず

 だからと言って生存生徒の親たちは、一部の犠牲者生徒の親たちのように賠償・補償金を拒否して国家を相手に損害賠償訴訟を提起することも考えられない。子供達が差別や不利益を受けるのではないかという恐れからだ。大学進学、軍入隊、就職など、卒業以後に展開される生存生徒の未来はただでさえ充分に不安だ。 生存生徒の親であるイ氏は言う。 「(檀園高校を)卒業したら、そこからが問題だと思います。大学に行けばひとりぼっちだということ、大学に行って新しい友達はできるだろうけれども、その友人たちが『あんたはどうやって脱出したの? どうやって生きてきたの?』と、檀園高出身ということが知られたら、その時からまた振り出しに戻ってしまうと思います。子供はまた傷ついて…それなのに (心理相談支援は)5年間だという。それでいいと思いますか?」

※参考文献:4・16人権実態調査報告書『セウォル号惨事、人権で記録する』(416連帯、2015)

安山/チョン・ウンジュ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2015-08-12 18:07
http://h21.hani.co.kr/arti/special/special_general/40100.html 訳A.K(6540字)

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