大統領選挙が先月9日だったから、尹錫悦(ユン・ソクヨル)氏が次期大統領に決まってから1カ月ほど経ったことになる。就任までの2カ月は、5年間の国政を準備するには短いが、次期権力として大きな期待と関心を一身に浴びる時期だ。気さくでメディアに協力的な態度はそれなりに好評を得ているものの、内容からすると尹次期大統領のこの1カ月は高い点数を得るのは難しい。黙っていても50点は取れるはずだが、それにもはるかに及ばないようにみえる。
結論から言えば、尹次期大統領は失敗した以前の大統領たちの轍を踏んでいる。いわゆる「勝者の落とし穴」にはまっているのだ。大統領選挙で勝った人の自信と蛮勇が招く、軌道からの離脱の兆しがうかがえる。肝心の変えるべきところには手をつけず、的外れなところをいじくるという風にだ。
言うまでもなく、大統領執務室の龍山(ヨンサン)移転が代表的な例だ。合理的で民主的であるべき政策の樹立と執行の過程が、次期権力一人の独断で進められた。政治初心者の次期大統領の我執が作り出したコントに近い。世論調査でも分かるように、国民の過半数が反対し、多くの保守のオピニオンリーダーでさえ引き止めた。大統領府を早く開放せよという国民の要求があるということだが、初耳だ。
龍山移転をめぐる論点はある程度整理されている。空間的な大統領府からの脱出よりも意思疎通のあり方のほうが重要だ、あえて執務室の移転が必要なら不可能ではないが、龍山に移転するにしても秩序あるやり方ですべきだ、龍山ではなく世宗市(セジョンシ)など、根本的な対策を研究する必要もある、などだ。文在寅(ムン・ジェイン)大統領も尹次期大統領の固執に負けたことで、世論とかけ離れた龍山移転は強行されるとみられるが、その悪影響は侮れないだろう。
龍山問題の核心は、尹次期大統領が傲慢と独善という前任者の轍を踏んでいるということだ。過去から脱すると言いながら、実はその道を歩んでいる。何が大切なのかがよく分かっていないのだ。急いで居所を脱すれば帝王的大統領の弊害は克服されるという錯覚は、奇異ですらある。
二つ目に、首相候補に指名されているハン・ドクス氏の人選も、過去の大統領の人事に対する態度から一歩も脱していない。国会の承認を得るためと言うが、いかなるメッセージも見出せない。李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)両政権の初代首相だったハン・スンス、チョン・ホンウォンらから見えた安易さと官僚中心主義がうかがえる。政治経験のない尹次期大統領には行政の達人が必要だろうが、官僚に頼れば、きちんと解決できることも、まったく解決できなくなることもないケースの方が多い。
尹次期大統領とハン氏は人選発表の時から責任首相、責任長官を語っているが、「責任」という2文字を付け加えたに過ぎず、変わったところはほとんどない。責任首相、責任長官は言えば実現するものではない。人選過程からすでに責任と役割が与えられる人物と経路を選択しなければならない。いきなり任命されて責任首相をやれと言われても、できるものではない。責任長官らしい人選過程を経なければ、いくら権限を与えても、はいつくばることになる。歴代の政権が組閣のたびに口にした、内閣を強化するという空念仏と大差ない。
三つ目に、文大統領夫人の金正淑(キム・ジョンスク)女史の衣服代論争、産業通商資源部のブラックリスト疑惑、検察捜査などでは「新積弊清算」の落とし穴が見え隠れする。衣服代問題を使って明確な根拠もなく、政権は腐り果てているとして退任する権力を下劣なほど我先にとたたく保守メディアの態度を見れば、今後何が起こるかは見当がつく。6月の地方選挙が過ぎ、冷たい風が吹く頃には、検察と保守メディアが先を争って世論形成、積弊でっち上げに乗り出すだろう。
尹次期大統領が文在寅政権を反面教師とするなら、本当に学ぶべきことがある。文在寅政権は積弊清算、検察改革、不動産、チョ・グク問題などで、合理的な水準でペースを調節する機会がいくらでもあった。地方選挙または総選挙の勝利後、過ぎたるはなお及ばざるが如しとして軌道修正すべきだった。しかしそれができず、「これは必ず実行しなければならない」という集団心理に押され、結局は政権の首を狙う者に権力を奪われた。
尹次期大統領が自らの意思であれ他意であれ、その轍を踏むことになりそうで心配だ。 剣で栄える者、剣で滅びるという。尹次期大統領は、検察で振り回した剣と一国の大統領として振るう剣が根本的に異なることを知るべきだ。
次期大統領の周囲は、就任前の期待値が低いから就任後は良くなるばかりだと、媚び混じりに言っているという。引き継ぎ委の段階で、このように国民から背を向けられるというのは深刻な問題だ。尹次期大統領は現実を直視すべきだ。勝者の目ではなく敗者、持たざる者、忘れられた者の目で世の中と周囲を見渡すべきだ。低く謙虚な姿勢で、大統領にできることはそれほど多くないということ、引っ込められるものは早く引っ込めるべきだということに気づくべきだ。
ペク・キチョル|編集人 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )