「啓蒙令」だという「平和的な戒厳」を歴史上初めて示現した「啓蒙主義暴君」尹錫悦(ユン・ソクヨル)に感謝していることが一つある。あのように自爆して、今の国政が代行体制で運営される状況を作ってくれたことだ。権力の空白状態は、米国のドナルド・トランプ大統領が相互関税によってはじめた前例のない「銃声なき戦場」においては、韓国にとってむしろ有用となりうるからだ。
尹錫悦がまだ権力の座に居座っていたなら、トランプは韓国をモデルケースにして自らの力を誇示したことだろう。韓国はそれこそ適切な対象だ。対米貿易黒字も大きいうえ、トランプの米国が欲しがる造船業、半導体、自動車などのとっておきの産業も持っている。
そのうえ、米国に対してなら肝臓であろうと提供する姿勢がもはや見せられず、焦っていたのが尹錫悦ではなかったか。尹錫悦は、ジョー・バイデン政権のウクライナ戦争政策については、同盟国の中でも真っ先に積極的に同調した。物議を醸した虐殺地ブチャを外国の首脳としては初めて訪問した尹錫悦は、砲弾などを迂回(うかい)支援し、攻撃的な殺傷兵器の支援も可能だと表明した。昨年ふくらんだ北朝鮮軍のウクライナ戦争への派兵問題は、おそらくトランプの大統領選での勝利がなかったら、韓国のウクライナ戦争への関与の水準を高めていたことだろう。
米国との価値観連帯を最高の外交での功績として自画自賛する尹錫悦は、すべてを賭けたウクライナ戦争の支援に懐疑的なトランプと何をもって合意するかは明らかだ。相互関税を発表した際にワイトハウスが示した資料には、「貿易相手国が不均衡な貿易構造を改善するために重大な措置を取るか、経済・国家安保事案に関して米国と同等に負担すれば、関税は下げうる」とある。トランプはこれを機として、貿易赤字の改善だけでなく、外交安保事案においても相手国から譲歩を引き出そうとしているのだ。韓国に対しては、在韓米軍の駐留費の天文学的な引き上げはもちろん、米国による対中けん制に積極的な役割を果たすよう迫ってくるだろう。
出しゃばりの尹錫悦はトランプを自ら訪ね、「トランプから最も歓待された外国首脳」などと自画自賛しながら、トランプとの価値観連帯にすべてをかけていただろう。トランプ政権における対中優先論者の理論的リーダーである国防総省のエルブリッジ・コルビー政策担当国防次官は、在韓米軍を北朝鮮に対する抑止力ではなく、中国に対するものへと転換すべきだと主張する。尹とトランプが在韓米軍を中国に対するけん制と封鎖に当たらせることで合意するというのは、決して荒唐無稽な仮定ではない。尹とトランプのスタイルと性格を考えれば、あり得ないことではない。尹は戒厳後、中国のスパイと中国による選挙介入を騒いでいるではないか。
しかし、尹が消えた幸いな空白は、権限代行だという首相のハン・ドクスが埋めてしまった。ハン・ドクスは8日にトランプと電話で会談しており、韓国は日本とともに真っ先にいそいそとトランプに平身低頭する国となった。トランプも電話会談後、「ワンストップ・ショッピング」だと述べつつ、韓国と安保事案を含めてすべてを一括妥結するつもりであることを示唆した。韓国をモデルケースにするということだ。
今、時間に追われているのはトランプの方だ。共和党やトランプの同盟者である億万長者たちの間でも強まる反対意見、そして全国的な反関税・反トランプデモなどの沸騰。過去4番目の証券市場の暴落も続いている。トランプは、この相互関税を引っ張り続けることはできない。
中国は機先を制して本格的に米国とやり合う態勢を取っている。中国をはじめ、欧州や日本などは、トランプとのいざこざの末に大きな枠組みの妥協を作り出すだろう。だがハン・ドクスは韓国を、トランプのスケープゴートとなる道へと追いやっている。権限代行の分際で憲法裁判官に尹の側近を指名したのは、尹の遺訓統治を狙った動きだ。彼の大統領選出馬説も流れている。
ハン・ドクスは、トランプに電話で英語が美しいと評価されたと、首相室を通じて明らかにした。英語の実力を自慢するために電話したのか。情けない。ウクライナのゼレンスキー大統領がホワイトハウスでの首脳会談でトランプとバンス副大統領にやり込められて大恥をかいたのは、彼が通訳をつけずに英語で騒いだのが一つの理由だ。
韓国は権力が空白となっている代行体制を理由として、できるだけトランプの米国との交渉を遅らせるか、最重要事案の決定を先送りすべきだ。新政権へと持ち越すべきだ。新政権が担うべきなのは当然だ。ハン・ドクスはトランプに英語力を自慢していないで、直ちに交渉から手を引くべきだ。
チョン・ウィギル|国際部先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )