韓国外国語大学1年生のパク・シヨンさん(21)は、ハロウィーンを控えた先月29日、梨泰院(イテウォン)に行く計画だった。慶尚北道の義城(ウィソン)から上京したパクさんには、ソウルに住んだら必ず一度は梨泰院でハロウィーンパーティーをしてみたいという夢があった。たまたまアルバイトが遅く終わったため梨泰院行きをあきらめたパクさんに、翌日未明、両親と親戚が慌てて電話をかけてきた。梨泰院で百人以上の人が死んでいるという。4日午後1時、ソウル龍山区(ヨンサング)の大統領室前で行われた全国大学学生会ネットワーク(全大ネット)の集会に参加したパクさんは、「もしあの日、私がハロウィーンパーティーに行っていたら、犠牲者になっていたかもしれません。ソウルのど真ん中でもこんなことが起こり、私もいつどこでこのような惨事の犠牲者になるかわからないと思うと怖いです。警察もすぐに来なかった。これから私たちは誰を信じ、頼るべきなのでしょうか」
梨泰院惨事で命を落とした156人のうち20代の犠牲者は104人で特に多かったことから、同世代を失った20代の大学生たちもやるせない心境を隠せずにいる。この日の記者会見の会場には「もはや安全な場所はない」という不安と、危険に直面した国民を救えなかった国に対する怒りがあふれていた。
彼らは、今回の惨事の犠牲者は自分自身、あるいは共に授業を受けていた同期生や友人でありえたと口をそろえた。全大ネットの議長を務める韓国外大総学生会会長のイ・ミンジさんは「あの日、龍山で用事があり、終わった後に梨泰院で打ち上げをしなくて良かったと一度は思ったのだが、もし私があの場にいたらどう対処しただろうかと考えた」とし、「当惑し呆然とするという言葉の意味を身をもって学んだ」と語った。ソウル女子大学に在学中のペク・フィソンさん(24)は、「試験がちょうど終わり、課題を一通り終えた多くの大学生が、自分へのご褒美として楽しい週末を考え、梨泰院に向かったはず」だとし、「私の友人もあの日、梨泰院に行くと言っていた。ニュースを聞いた瞬間、まず友人のことが心配になった」と語った。そして「友人は無事だったが、安全だと思っていたソウルが恐ろしくて不安な空間に感じられた」と付け加えた。
今の20代は8年前のセウォル号惨事の当時、10代だった。2度の大惨事で同世代を失った彼らは、セウォル号惨事当時と同様、まともに動かなかった国の安全管理システムに対する怒りが大きい。ペクさんは「セウォル号惨事でも国民を守れなかったことに対して責任逃れをしておきながら、今回また責任を取ろうとしない姿勢にはさらに腹が立つ。国は二度と災害で誰かを失わないよう再発防止策を立て、国民に謝罪しなければならない」と述べた。イ会長は「セウォル号、そして梨泰院であまりにも虚しく、無視の中で死んでいった同世代の数を見つめてみる」とし「何の措置も取らなかった龍山区長、警察と消防を配置しても防止できなかったはずだと述べた行政安全部長官、海外メディアに対するブリーフィングで冗談を言った首相、沈黙に過ぎない哀悼を要求する与党と謝罪しない大統領と見比べてしまう」と述べた。そして「遊んでいる途中で、働いている途中で、学んでいる途中で、歩いている途中で死なない社会を作りたい」と付け加えた。
社会の安全に対する信頼が揺らぐという反応もあった。パク・シヨンさんは「警察を十分に投入できた状況だったし、予防可能だったのに、それができなかった」とし「何かが起きた時、誰を呼び、信じ、頼るべきなのか分からない」と吐露した。ペク・フィソンさんは「先日のSPC(のパン工場)での労災死亡事故もそうだし、新堂(シンダン)駅ストーキング殺人事件もそうだし、同世代が殺され続けている」とし、「女性として、労働することになる人間として、安全ではないかもしれないとは思っていたが、遊ぶために集まった空間でも命を失うとは思わなかった。果たしてこの地は安全なのか考え込んでしまう」と述べた。
一方、セウォル号惨事に続き梨泰院惨事をも直接的、間接的に体験した20代のトラウマを懸念する声が高まっていることから、大学の心理相談支援も本格化している。慶熙大学心理相談研究所は先月31日、ウェブサイトに案内を載せ、直接・間接的に心理的困難に直面している学生を対象として心理相談を行っていることを明らかにした。梨花女子大学も同日、ウェブサイトにキム・ウンミ総長名義の掲示文を掲載し、事故情報に具体的に接して精神的ショックを受けた学生を支援する予定だとし、医療的支援が必要な場合は梨花医療院と連携して支援すると表明した。2人の外国人留学生が犠牲になった西江大学の学生生活相談研究所も、今回の惨事で苦しんでいる学生の相談に応じる。