「国民の70%が今年11月に接種を完了しても、流行拡大の第5波は訪れるだろう。これからは新型コロナウイルス感染症を天然痘のように根絶したり、麻疹(はしか)のように排除するのは不可能であることを受け入れなければならない」
感染病分野で韓国最高の権威とされるオ・ミョンドン新型感染病中央臨床委員長(ソウル大病院感染内科教授)が重い口を開いた。しかし、それは暗い展望を語るためではなかった。
今月9日、ソウル中区(チュング)の国立中央医療院で本紙記者に会ったオ委員長は、これまで頑なに固辞してきたインタビューを受ける決心をしたきっかけについて、「2学期の全面登校が座礁する危機であるから」と説明した。そして、拡散しているデルタ株が従来の新型コロナウイルスとは全く異なるため、感染病対応戦略もこれに合わせて変更すべきだと述べた。「デルタ株は従来の新型コロナウイルスとは全く違うウイルスです。感染力やワクチンの予防効果などこれまでの公式は、デルタ株には当てはまりません。デルタ以降も、エプシロン、ゼータなど変異も続くでしょう。韓国社会が何を目標に新型コロナに対応していくのか、8月中に必ず社会的議論を始めなければなりません」
「集団免疫、もはや可能でも必要でもない」
第4波で連日1500人前後の新規感染者が発生しているが、韓国国内でワクチン接種を完了したのは全体の15.4%(10日午前0時基準)に止まっている。それでもオ委員長は、新型コロナへの対応戦略を練り直せば、社会的被害を最小限に抑え、校門を開くことができると言う。オ委員長がこのような結論に至った理由は大きく分けて二つだ。デルタ株が原因で集団免疫は事実上不可能になったという点、しかし幸いにも現在開発された新型コロナワクチンは、高齢層でも90%近い死亡・重症予防効果を示している点だ。
韓国政府は最近まで、新型コロナ対応の究極的な目標として集団免疫を掲げてきた。国民の70%が接種を完了して免疫を形成すれば、感染を恐れなくてもいいという話だった。これはオ委員長が感染拡大の初期に提示した理論的出口でもあった。しかし、オ委員長は「接種率が60%を超えるイスラエルや英国、カナダ、アラブ首長国連邦(UAE)のケースを見る限り、デルタ株の拡散は予防接種で統制できないことが明らかになった」と述べた。「デルタ株の登場で新しい局面を迎えたにもかかわらず、70%接種を通じた集団免疫に言及するのは学術的にも政策的にも妥当ではありません。今月4日、世界保健機関(WHO)の記者会見で、ある日本人記者が集団免疫について質問した時も、これに答えた専門家3人のうち誰も“パーセンテージ”について言及しませんでした。米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)のアンソニー・ファウチ所長も、一時は70%、80%の接種率を提示していましたが、もう接種率の数値について言及していません。集団免疫はそれだけ複雑でダイナミックな“ムービング・ターゲット”(動く目標)ですから」。同日の中央防疫対策本部(防対本)の発表によると、7日基準で1週間の地域社会におけるデルタ株検出率は73.1%で、前週より11.6%上昇した。オ委員長は「2週間後には100%になる」と述べた。
「2週間後はデルタ株100%…落胆する必要はない」
だからといって落胆することはないというのがオ委員長の考えだ。オ委員長が提示した集団免疫案は、ワクチンを接種した人を通じてワクチンを接種していない人を保護する「間接保護」戦略を根幹とする。例えば、1歳未満の乳児は麻疹にかかった場合、症状がひどくなるが、麻疹ワクチンを乳児に投与しても免疫はつかない。しかし、周辺の全ての人が麻疹の免疫があれば、乳児に麻疹が感染するのを防ぐことができる。ワクチン接種にもあまり効果のない高危険群の当事者ではなく、ワクチン接種に効果が高い人が接種し、伝播者にならない戦略だ。
新型コロナワクチンも間接保護戦略によって、全年代の集団免疫戦略を勧めたが、いざ接種してみると、従来のワクチンとは違う結果が出た。高齢層が最も高危険群だが、彼らに接種を完了した後、デルタ株に感染しても重症や死亡する危険が若年層並みに減る結果が確認できたのだ。だからあえて間接的に保護する必要はない。
一部ではデルタ株は従来のウイルスとは異なり、重症化のリスクが高いのではないかと不安に思っているが、オ委員長は治療現場と国内外のすべての統計がそうではないことを示していると説明する。「ソウル大学病院に最近の患者を見ると、ワクチンを2回接種した人はいません。それは他の病院も同じでしょう。最近、療養病院で接種を完了した高齢者層がブレイクスルー感染した事例が注目を集めていますが、ここでも注目すべきなのは、その中に重症患者がいないということです。接種を完了すれば、高齢層を直接保護することができるのは明らかになった以上、あえて間接保護という集団免疫戦略を取る必要はありません」
実際、同日のの中対本の発表によると、今月5日までのブレイクスルー感染事例は1540人で、接種者10万人当たり23.6人にとどまり、この中でも重症患者は15人(ブレイクスルー感染者の0.97%)、死者は2人(0.13%、80代1人と90代1人)にすぎなかった。オ委員長は「ところが、集団免疫の枠から抜け出せなかったせいか、接種の力が高齢層ではなく下の方(若年層)に下がり続けていることが懸念される」と述べた。
今年2月26日に初めて予防接種が開始されてから5カ月が経ち、年代別の接種完了率は乱れている。8日基準で60代の1回目の接種率は92.9%に上るが、2回目まで接種を完了した人の割合は8.99%に止まっている。50代の接種完了率8.73%とあまり差がなく、30代の接種完了率18.36%よりむしろ低い。70代の接種完了率は42.35%で半分にも及ばない。さらに1回も接種を受けていない60歳以上の高齢層が先月末基準で約186万9000人に上る。依然として接種を完了していない高齢層が多いのに、全ての年代の接種戦略を展開したため、高危険群である高齢層の2回目の接種が遅れているという意味だ。「こうした状況では、デルタ株の拡散による被害は、最終的に接種を完了していない高齢層で発生するでしょう。残りの年齢層には接種しない方が良いといっているわけではありません。ワクチンを十分に備蓄して接種を始めても、接種を完了するには数か月かかり、順位の低い人は数か月間ウイルスに無防備に露出されます。今からでも優先順位をもう一度明確にする必要があります」。
「高齢者の保護で被害を最小限に抑えられる…不安乗り越え、全面登校すべき」
オ委員長は新型コロナ対応戦略を集団免疫または新規感染者の最小化から、高危険群の死亡・重症化防止に切り替えなければ「1カ月以内に大きな混乱が訪れるだろう」と述べた。ワクチンを接種してもブレイクスルー感染が発生し、高齢層では未接種者の人命被害が出て、接種率が上がっても新規感染者の増加傾向が続く中、「いったい最終目標は何か、なぜワクチン接種を行うのか」という懐疑的な声が高まるだろうと見通しているのだ。「レベル4の距離措置(ソーシャル・ディスタンシング)を実施しているにもかかわらず、感染拡大に歯止めがかからないのも、デルタ株の影響」だとし、「従来の新型コロナの流行時に使った方法で問題を解決し続けようとすると、困難を極めるだけだ」と指摘した。
しかし、オ委員長の話のように、高危険群優先保護戦略に方向転換した後に起こる若者層と中年層での感染拡大に韓国社会が耐えられるだろうか。これに対しオ委員長は、0~19歳の致命率は0%、20代は0.01%、30代は0.03%、40代は0.06%だと強調し、「新規感染者数を減らすためこれほどまでに努力する最終目標は何か。結局は人命被害を防ぐためではないか」と問い返した。一部では若年層でも新型コロナ感染後に後遺症に悩まされているのではないかという不安を示しているが、これについてもオ委員長は「中央臨床委で2週間前に各病院の新型コロナの主治医らと状況を共有してみると、後遺症が生じた患者は入院患者の1%未満であることに皆が同意した」と伝えた。
そのためオ委員長は「2学期には全面登校が可能で、必要だ」と語る。また、「保護者らは学校で感染者が発生した場合は、直ちに閉鎖すべきだと思っている」とし、「しかし、高齢者などの高危険群が予防接種で保護されれば、そこまで心配する必要はない。学内で感染が生じても、疾病の負担は非常に低いため」と述べた。さらに「全面登校が順調に行われるためには、政府とメディアがこうした意思決定を医療界の専門家だけに頼らず、デルタ株の実際の危険度とこれに対抗する戦略を社会的に議論し、責任を持って実行していくことが重要だ」と強調した。
「新型コロナの流行が始まったばかりのころは、客観的なリスクより主観的な恐怖が先に立つのを避けられなかった。自然なことです。しかし1年半ほど経験し、ワクチンの死亡・重症化防止効果がはっきりしており、前より落ち着いて新しい戦略について話し合うことができます。科学は社会の外に存在することはできず、感染症による災害は医学だけでは解決できません。韓国社会には熟議と合意によって我々の運命を決定していく力があります」