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生涯苦痛の中で生きてきた済州4・3事件の被害者たちを「後遺障害者」に認定

登録:2020-03-31 09:46 修正:2020-03-31 14:56
4・3中央委員会、犠牲者90人・遺族7606人を決定 
PTSDに苦しむの犠牲者も含む
済州4・3事件の遺族らが済州4・3平和公園にある犠牲者の名前が刻まれた刻銘碑を訪れて追悼している//ハンギョレ新聞社

 昨年、済州4・3追悼式場で全国民の涙を誘った4・3事件のエピソードの主人公、キム・ヨノクさん(79)の祖父母、両親、兄と弟の6人は、1949年1月22日に西帰浦市の正房滝付近で兵士たちに集団虐殺された。最後に引きずられて行った父親が目の前で足で踏まれ、棒で殴られる姿を見た当時8歳のキムさんを誰かが捕まえ、キムさんは石垣に頭をぶつけて気絶した。

 孤児になったキムさんは息を吹き返したが、一生鎮痛剤を手放せない体となった。「今も痛みで眠れない日には、目の前で引っ張られていった父の姿が鮮明に思い出される」というキムさんの頭には、赤ちゃんのこぶしほどの大きさの、ぼこっとへこんだ傷がそのまま残っている。

 東京都荒川区に住むキム・ジョンアさん(75)は、4・3事件の頃の1948年11月、済州市涯月邑(エウォルウプ)古内里(コネリ)の自宅に侵入した武装隊によって父親と母親が犠牲になった。2歳を過ぎたばかりのキムさんは、腕と胸、耳にひどいけがを負った。当時けがをした跡が全身に残っているキムさんは何度も手術を受けたが、右耳は音が聞こえない。

 彼らは済州4・3中央委員会(委員長チョン・セギュン首相)が27日、済州4・3犠牲者および遺族決定案を最終審議して可決した7696人(犠牲者90人、遺族7606人)の一人となった。今回犠牲者に認定された90人のうち、後遺障害者31人と受刑者1人の32人は「生存犠牲者」と確認された。済州4・3特別法には「4・3によって死亡したり行方不明になった人、後遺障害が残ったり受刑者」となった人を犠牲者に含めている。

 彼らが犠牲者として認められたのは、済州4・3平和財団調査研究室のチョ・ジョンヒ研究員の役割が大きかった。チョ研究員は、遺族申告のために道庁を訪れたキム・ジョンアさんに、直接相談で後遺障害者申請を勧めた。キム・ヨノクさんも4・3行事の会場で出会い、キムさんの被害調査で数回会って後遺障害者申請を支援した。

 今回の生存犠牲者には、軍事裁判を受け刑務所で1年間受刑生活を送ったキム・ジョンチュさん(90、釜山在住)と、当時小学校校長だった父親が犠牲になる場面を目撃したほか、重度の外傷後ストレス障害(PTSD))に苦しんできたソン・ジョンスンさん(90)も含まれている。

 後遺障害者や受刑者などが生存犠牲者と認定されれば、地方自治体予算から生活補助費(月70万ウォン、約6万2千円)や医療費などの支援を受けることになる。

 今回の済州4・3中央委員会の犠牲者および遺族審議・決定により、2002年11月の初めての犠牲者認定から現在までの認定犠牲者は1万4532人(死亡1万422人、行方不明3631人、後遺障害195人、受刑者284人)、遺族は8万451人となった。

ホ・ホジュン記者 tigera@donga.com

https://www.hani.co.kr/arti/area/jeju/934810.html韓国語原文入力:2020-03-30 22:33
訳C.M

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