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若者から年配者まで…“ニュートロ名所”となった敦義門博物館村

登録:2019-06-08 09:42 修正:2019-06-08 13:19
韓国の近代100年を込めた記憶博物館 
20~30代のレトロブームの中で注目
敦義門博物館村を訪れた市民たち=チェ・ユンテ記者//ハンギョレ新聞社

 20世紀初め、大韓帝国に住んでいたフランス人の住宅、日帝強制占領期(日本の植民地時代)の「独立運動家の家」、1950年代のイタリアンレストラン、1960~1970年代の映画館、1980年代の理髪店など、鍾路(チョンノ)のセムンアン村、ソウルを越えて韓国の近代100年の歴史を直接体験できる空間「敦義門(トニムン)博物館村」が“ニュートロ”(新しさ(ニュー)と復古(レトロ)を合わせた新語)ブームの中で注目されている。

 強制撤去、所有権紛争、“幽霊村”の汚名などの痛みを経た敦義門村が4月、近・現代文化要素があふれる近現代記憶の博物館として生まれ変わった。100年にわたる近代から現代の記憶を一カ所に並列的に集めたため、コンセプトが曖昧だという指摘もある。

 しかし、敦義門博物館村の芸術監督を務めたモク・ウンジョン・ソウル芸術専門学校碩座教授は、先月24日のハンギョレとのインタビューで、このような指摘に「むしろ多様な年齢層の訪問客を消化できるコンテンツが用意されているということ」と自負した。近現代を“並列的”に展示したのは、多様な訪問客を満足させるためだという説明だ。

 24日昼に訪ねたソウル鍾路区新門路2街27番地一帯の「敦義門博物館村」は、日差しが強かったが、“ドーセント”のMCミンジさんの引率のもと、村を見て回る様々な年齢層の訪問客で賑わっていた。ソウル市の関係者は「平日は1日1千人、週末には1日3千人が敦義門博物館村を訪れる。子どもから80代の高齢者まで多様な年齢層が訪問している」と話した。

先月24日、ハンギョレのインタビューに答えるモク・ウンジョン敦義門博物館村芸術監督=チェ・ユンテ記者//ハンギョレ新聞社

 「敦義門倶楽部」は20世紀初め、外国人たちが見た朝鮮と大韓帝国を描いた。「セムンアン劇場」内には1960~70年代の思い出が込められている。当代を代表する映画の実物映写機フィルムをはじめ、一方には「テトリス」、「スペースインベーダー」など電子ゲームを直接楽しめるスペースも設けられ、子どもたちが不思議そうな目でゲームを楽しんでいた。「西大門写真館」では1970~80年代のウェディング写真や大韓帝国時代の写真を演出できる小物が用意されている。20~30代の間の“ニュートロブーム”の追い風を受け、インスタグラムなどソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上で話題になっている空間でもある。モク教授は「子どもたちは朝鮮時代、日帝強占期の展示を見ながら歴史を学び、1950~80年代の跡を見て母や父がどのように生きてきたのかを体験することができる。20~30代には新しい過去、ニュートロ文化を楽しめるところ、中高年には過去を思い出すことができる空間」だとし、「敦義門博物館村に来られた方々はほとんどが『また行きたい場所』という。両親と一度、友達と一度、子どもたちと一度来てみなければ」と説明した。

敦義門博物館村の「セムンアン劇場」=チェ・ユンテ記者//ハンギョレ新聞社

 敦義門博物館村には芸術創作者のためのスペースもある。敦義門博物館村の「村創作所」に入居しているビジュアル芸術団体「ネネロ」のチョン・ソンジュ代表は、「賃貸料がなく、支援もたくさん受けられるので、芸術家たちの間で入居競争が激しかった」と言い、「作業空間として良いだけでなく、市民が直接訪ねて作品を見て、木工芸、陶芸などを直接体験することができる。市民はもちろん、芸術家たちにも理想的な空間」と語った。町体験教育館の「韓紙工芸」を運営している韓紙産業技術発展振興会のチャ・ウス会長は、「韓紙工芸を展示するスペースをなかなか確保できない中で、職人たちにとっては本当に良い展示スペース」だと言い、「また韓紙工芸の職人たちにとっても、作業や作品について話し合える一つの『コミュニティ』になっている」と説明した。

敦義門ニュータウン事業によって撤去された立ち退き住民の辛さを描いた敦義門博物館村の壁画=チェ・ユンテ記者//ハンギョレ新聞社

 敦義門博物館村が位置した「セムンアン村」は、2003年に敦義門1区域が都市環境整備事業(ニュータウン)地域に指定され、立ち退きが予定された。ソウル市は2015年、セムンアン村の歴史性を認め、村の原形を保存しようと開発計画を変えた。しかし、すでに撤去は進んでいた。2016年には自分が運営していた日本料理屋が強制立ち退きにあうと、引火物質を体にまいて自ら命を絶った住民もいた。これを記憶するために、敦義門博物館村には立ち退きに涙する住民の姿の壁画が描かれた。モク教授は「敦義門博物館村は痛みを経験した町の上に建てられた。記憶を残すために壁画を描くことにした」とし、「今後、地元住民に音楽喫茶など新しく入る収益事業にまず参加の機会を与える予定だ。立ち退き住民たちやここを離れた住民たちが、また戻ってこられるようにしたい」と述べた。

 ソウル市は、従来の居住者や商店の運営者を優先対象として軽食屋や旧商会、ブックカフェまたはレトロカフェ、昔の喫茶店、LPバー、伝統茶屋など便益施設の経営者を募集し、7月に入店する計画だ。

チェ・ユンテ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/area/capital/896975.html韓国語原文入力:2019-06-07 10:01
訳M.C

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