登録 : 2016.12.17 22:05 修正 : 2016.12.19 16:57

123艇長の業務上過失致死適用方針 
検察 2014年7月初に法務部に初めて報告 

7月29日123艇長緊急逮捕後の令状 
法務部 「過失致死は抜いて請求せよ」 
裁判所で棄却後10月初めの起訴まで握りつぶす 
地検長は「私を更迭しなさい」と言って起訴貫徹 
「大統領府・法務部は起訴すら難色」 

翌年捜査指揮部全員左遷 
黄教安首相 、課長級まで報復人事

セウォル号が沈没した2014年4月16日午後、全羅南道珍島東巨次島前の海上で海洋警察が照明弾で照らしながら失踪者の救助と捜索作業をしている=キム・ボンギュ先任記者//ハンギョレ新聞社

 「セウォル号事件」という未曽有の大型惨事を前にしても、 黄教安(ファン・ギョアン)大統領権限代行(当時法務部長官)の主な関心の焦点は真相糾明ではなく「政府責任」の回避に合わせられていたものと見られる。政府の責任と直結する検察の海洋警察(海警)123艇長の「業務上過失致死」の疑いの捜査を執拗に阻み、業務上過失致死の適用を強力に主張した検察幹部を翌年の定期人事で全員左遷させた中心に彼がいたという情況が、多くの人の証言を通して確認されつつある。

■ 報告は「徹底捜査」、捜査チームには外圧
 2014年セウォル号惨事直後の4月28日、 黄教安(ファン・ギョアン)当時法務部長官は国会の法制司法委員会全体会議に出席し、捜査主務部処の責任者として「迅速かつ徹底的な真相糾明」を約束した。「今回の事件に対する国民的公憤などを勘案し事の重大さを検討して、責任者に対する厳正な処罰が可能となるように積極的に法律を適用」すると報告した。

 しかし実際に捜査を担当した光州(クァンジュ)地検に伝えられた雰囲気は全く違っていた。検察関係者は「いろいろな理由で捜査チーム構成からが容易ではなかった。初動段階で人命救助に失敗した海警は当然捜査しなければならないのに、捜査の意志が疑われるほどだった」と話す。検察はセウォル号沈没後50日余が経過した6月5日になってようやく、海警を押収捜索する。また別の検察関係者も「かろうじてチームが構成されたが、大統領府の方から 『消防官が火を消しに行って消せなかったのが罪になるのか?』という発言が伝えられて、『海警に対する捜査はやってはいけないんじゃないか』といった雰囲気が形成された」と語った。

 紆余曲折を経た捜査の結果、特に海警123艇長の責任は明白だったという。検察関係者は「実際に捜査して見たら、 (海警が) 単に火を消しに行ってちゃんと消せなかったという水準ではなかった」と言った。当時捜査チームは、セウォル号沈没現場に到着した海警123艇が直ちに退船放送をするか船内に進入して待避誘導をしていたなら、それだけでも相当数の人命を救うことができたと判断した。キム・ギョンイル前艇長を「業務上必要な注意を怠って人を死に至らせた場合」に適用される業務上過失致死で処罰する事にしたのはそのためだ。光州地検と最高検察庁の意見は容易に一致した。

ファン・ギョアン、「セウォル号」検察の捜査に不当な外圧・人事報復//ハンギョレ新聞社
■ 押さえつけ握りつぶして時間引き延ばし
 光州地検が最高検察庁を通して法務部に業務上過失致死処罰方針を報告した時点は7月初めと確認されている。しかし法務部は「補完が必要だ」という理由をつけて業務上過失致死適用の阻止に出た。当時の状況に詳しいある検察関係者は「法務部は『補完して再度提出せよ』『慎重な検討が必要だ』等々あらゆる口実をつけて押さえつけたり、相当期間返信をせずに握りつぶすなどの方式で時間をずるずる引き延ばした」と言う。

 これを再構成して見れば、7月初めキム元艇長に対する業務上過失致死処罰意見を報告した検察捜査チームは7月29日になってようやく、「自殺の恐れ」を理由に彼を緊急逮捕する。48時間以内に令状を請求するか釈放しなければならない状況になったわけだ。これについては、「上部が捜査をできないようにしたため、捜査チームが“妙手”を使った」という解釈もある。いずれにせよ、捜査チームは業務上過失致死を含めた令状請求意見を法務部に送ったが、返って来た答は「(業務上過失致死を)除いて請求せよ」というものであった。業務日誌捏造・廃棄などの疑い(公用書類損傷、虚偽公文書作成・行使)で請求された令状は「令状に記載された被疑事実だけでは拘束の必要性と相当性を認め難い」という理由により裁判所から棄却された。「令状棄却については、『なぜ核心(業務上過失致死)は抜いて付随的なものでやろうとするのか』という裁判所の叱責と受け止めた」(検察関係者)。その後10月初めまで70日近く、検察は黄長官を頂点とする法務部を相手にきわめて困難な綱引きを続けた。

■「思い通りに捜査したのだから …」
 その間、捜査チームを始めとする光州地検側は文字通り「グツグツ煮えたぎった」そうだ。ある関係者は「海洋警察の現場指揮官の一人も処罰できないように封じてしまうのだから、いっそのこと反旗を翻そうという雰囲気だった」と当時を記憶する。当時光州地検長だったピョン・チャンウ弁護士は「(業務上過失致死を抜いて起訴するなら) 地検長を更迭してからやって下さい」と「辞意」まで表明していたと伝えられる。検察関係者は「ピョン検事長が事実上検察を代表して法務部と渡り合ったわけだ」と言った。ピョン弁護士はこの事件の余波で検察を辞めた後、「海警警備艇長の令状を請求しようとしたが、大統領府と法務部は (令状はもちろん) 起訴すら渋った。艇長を処罰した場合、責任が国家に帰属する可能性があるというのが法務部の判断だった」と語っている。 業務上過失致死で起訴すれば、以後の裁判過程でも政府の救助失敗が浮き彫りにされ続けることを憂慮したという意味だ。当時も既に朴槿恵(パク・クネ)大統領の「7時間の足取り」についての疑惑が提起され、政府の政治的負担が大きくなっていた。

 長期にわたる網引きは、9月末に最高検察庁が公訴審議委員会を開いて123艇長に対する業務上過失致死適用が不可避であるとの立場を整理し、そのような意見をキム・ジンテ総長名義で法務部に伝達することで、けりが付いたかに見えた。

 しかしそれで終りではなかった。 黄長官は翌年1月の検察の定期人事で、光州地検の指揮部と最高検察庁の刑事部幹部を全員左遷させた。ビョン・チャンウ光州地検長、イ・ドゥシク光州地検次長がその人事の余波で結局は検察を辞め、課長級も意外な補職に「飛ばされた」。ある検察関係者は「あの時の『セウォル号-業務上過失致死』の捜査ラインに対する人事は、誰が見ても報復性が明白だった。人事直後に高い所にいる誰かが言ったという『思い通りに捜査したんだから、責任も負わなくちゃ』という発言が、検事たちの間で膾炙されもした」として「言うことを聞かなければどんな不利益を受けることになるのか、見せしめにしたというわけだ。人事に一番もろい検事たちをそんなやり方で手懐けようとしたのだ」と言った。

カン・ヒチョル、キム・テギュ、チェ・ヒョンジュン、ソ・ヨンジ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
韓国語原文入力: 2016-12-16 08:35
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/774908.html 訳A.K
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