登録 : 2016.09.30 03:32 修正 : 2016.09.30 07:49

セウォル号特別調査委員会、30日で期限  
ユ・ギョングン・セウォル号家族協議会委員長の母親 
光化門広場で「懺悔」の1人デモ 
「自分の臓器を一つ取り出して特調委を続けられるなら」

ユ・ギョングン4・16家族協議会執行委員長の母親イ・セジャさんが今月28日午後、ソウル鍾路区光化門前のセウォル号広場で、セウォル号特別法の改正を求める横断幕を持って1人デモを行っている=キム・ソングヮン記者//ハンギョレ新聞社
 光化門(クァンファムン)交差点の横断歩道のうち、新門路と普信閣を結ぶ北側の横断歩道は、セウォル号事故犠牲者たちの焼香所がある光化門広場へと続く。この横断歩道の青信号は約50秒間点いている。青信号になるたびに、少ないときは数十人、多いときには数百人の市民が道を渡る。そのうち焼香所に目を向ける人は、わずか2,3人だ。今月28日、イ・セジャさん(72)はそこでプラカードを持って1人デモを行っていた。

 「第20代国会は、特別調査委員会の調査保障特別法を改正し、セウォル号事故の真相を究明するという約束を必ず守ってください!」

 先月17日、イさんの長男ユ・ギョングン氏(4・16セウォル号惨事家族協議会執行委員長)が「4・16セウォル号惨事特別調査委員会」(特調委)の活動の保障を求め、光化門広場でハンストを始めた。イさんはその2日後、1人デモを始め、今月5日に息子がハンストを止めるまで続けた。そして24日ぶりに、特調委の活動期限を控えて再び広場に立った。

 「私が1人デモをするとは夢にも思いませんでした。ギョングンも娘(ユ・イェウンさん)を失って、じっとしていられずにこのようなことをやっているではありませんか。彼(ユ委員長)も私の子ですからね、我が子に何かあったらどうしよう、ハンストでもして倒れたら、水の一杯でも持って行ってやれるのではないかと思って…」。しかし、イさんは約20日間にわたり息子を遠くから見守るだけで、目を合わせることすらできなかった。息子に多少なりとも負担を与えるのではないかと心配したからだ。

 ハンストが長くなるにつれて、ユ委員長はやせはじめ、目からも力が消えていった。それを見る母親の心は穏やかではなかった。しかし、ハンストを止めることはできなかった。4・16連帯関係者たちは何回もイさんを訪ねてきて「ユ委員長を止められるのは母親しかいない」とハンストを中止するよう説得してほしいと頼んだ。イさんは「母親として止めたいのは山々でしたが、70年以上も私が生き方を間違えて、孫にこんな世の中を残してしまったのに、とてもそんなことは言えませんでした」と話した。

 イさんはインタビューの途中で「自分のせい」、「自分の過ち」という言葉を繰り返した。「私は教会の長老ですが、『隣人を自分の体のように愛せよ』というイエスの教えを実践できませんでした。自分だけが幸せならそれでいいと思い、他人がどんな状況に陥っているかには無関心でした。つらい時には、この試練は私のそんな行動に対する罰ではないかと思ったりもします」。彼女は「1人デモは愚かだった私の人生に対する懺悔でもある」と話した。

 こじれていくばかりのセウォル号問題を見るたびに、胸が痛む。特に、空転を繰り返している国会を見ると、血の気が引いていく。イさんは「与野党の駆け引きで、特調委の延長は論議すらできずに…。政治家たちには遺族たちのつらい気持ちなど分からないでしょうね」と話した。

 来月1日はセウォル号事故発生から900日目だ。特別調査委員会はその前日の30日に活動を停止する。政府が通知した活動終了日だからだ。

 イさんは「自分の臓器を一つ取り出して特調委を続けられるなら、そうしたい」と話した。「気さくで年寄りを敬う孫のイェウンに会いたくても、もう会えません。遺族たちは政権を揺さぶろうとしているわけではありません。このようなことが2度と起きないようにしなければ、孫の死が無駄になるではありませんか。『もううんざり』と言われても、私があきらめない理由はそれです」

イ・ジェウク記者 (お問い合わせ (お問い合わせ japan@hani.co.kr ) )

韓国語原文入力:2016-09-29 22:27
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/763518.html 訳H.J(1954字)

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