当時の高校2年生は今年大学に進学
2周年追悼式に主体的に参加
「真実明らかになるまで
セウォル号を胸の中にしまっておく」
今年ソウル女子大学に入学したコ・ウンビツさん(19)は、2年前のセウォル号事故を見ても、思いっきり悲しむことができなかった。学校の勉強や大学受験勉強に追われ、セウォル号事故も、真相究明を求める声にも、自然に無関心にならざるを得なかったという。コさんは「大学新入生になってみると、2年も過ぎたのに何も解決されたことはなかった」とし「もう声をあげられる年になったと思った」と話した。
コさんは4月初め、「セウォル号2周年に向けた大学新入生たちの宣言」というフェースブックページを開設し、こうした考えを綴った文を掲載し、学校では関連内容のチラシを配った。コさんの提案は、口コミで大学新入生たちの心に触れた。東国大やソウル大など34の大学の300人以上の大学新入生が「声をあげよう」と応えた。
「セウォル号事故の真実を明らかにするまで、私たちは4・16入学同期です!」
セウォル号事故2周年を迎えた16日の夕方、ソウル光化門(クァンファムン)世宗文化会館の前にコさんと共に集まった大学新入生たちが出した答えだった。 80人の大学新入生たちが雨に濡れて文字が滲んだ宣言文を読み上げていった。 「高校2年生だった2014年4月、セウォル号事故のニュースにも涙こらえながら、大学受験に取り組まなければならなかった私たちは、声を出し泣くこともできず、思いっきり悲しむこともできませんでした。生きて帰ってきたなら、春のキャンパスを一緒に歩いていたはずの私たちの友人たちが、なぜ生きて帰ってくることができなかったのか、それが明らかになって初めて、私たちは友人たちを思い出して涙を流せることになるでしょう」
雨脚はますます激しくなったが、彼らはこれまで2年間、胸に収めていた「声を出して言えなかった話」を一つずつ取り出した。
黄色の雨合羽を着て発言台に立った国民大学政治外交学科新入生のホン・リラさん(19)は、「高校生の時、メディアを通じて知ったセウォル事故と、大学生になって自分の目で向き合ったセウォル号事故の実像は異なっていることに気がついた」とし、「来年の3周年の際には、必ず真相が究明され、責任者の処罰も行われなければならない」と声を高めた。延世大学神学科の新入生のキム・ウチョルさん(20)も、「すべての真実が明らかになるまで、セウォル号を胸の真ん中にしまっておく」と話した。
二十歳の若者たちは、この日、それぞれの方法で、2年前にこの世を去った友人たちを心の中に刻んだ。大学で漫画を専攻する大学新入生の6人は同日、光化門広場で黄色い紙に市民の顔を描きいれた。彼らは「漫画人行動」と共に、黄色いリボンやバッジなどを身に着けた市民304人の似顔絵を描いた。304はセウォル号事故犠牲者と同じ数だ。クォン・ヘミンさん(19)は、「黄色の紙に市民の顔を描いておけば、市民はその紙を見ながらセウォル号事故をもっと長く記憶してくれると思う」と語った。
この日の午後、ソウル・東崇(トンスン)洞にあるマロニエ公園で行われた追悼祭「叫んで見て!私達がもっと!」で発言台に立った韓神大学社会科学科のチョン・ウランさん(20)は、セウォル号事故で犠牲になった檀園高校2年6組のイ・ヨンマンさんの小学校の同級生だ。チョンさんは「20年間、大人のいうことだけを信じてそれに従っていた私たちが、今年、大学新入生になった」とし「私の友人(イ・ヨンマンさん)のお母さんが、人々が黄色いリボンをつけていることを見るだけでも、元気が出るとおっしゃっていた。最後まで忘れず、行動してほしい」と話した。
この日の夜まで、ソウル光化門広場と京畿道安山(アンサン)など全国各地で、セウォル号事故でこの世を去った人たちを追悼する行事が続いた。この日の夕方、ソウル光化門広場で4・16家族協議会と4・16連帯の主催で開かれた「セウォル号事故2年の記憶・約束・行動文化祭」には、1万2千人(警察推算4500人)の市民が参加した。
京畿道安山にある政府合同焼香所でも「セウォル号事故2年の記憶式」が開かれた。 4・16家族協議会のチョン・ミョンソン運営委員長は「多くの人が『まだセウォル号なのか』という。私たちもその日から抜け出したい。多くの子供たちがなぜ死ななければならなかったのか理由を明らかにして、責任を取るべき人が責任を取るなら、日常に戻れるだろう」と述べた。珍島(チンド)彭木港でも追悼式が行われた。
韓国語原文入力: 2016-04-17 20:11