登録 : 2016.01.15 01:44 修正 : 2016.01.15 08:45

盧武鉉政権、「韓日協定当時 
慰安婦問題は未解決」を最初に公式化 

金大中政権、慰安婦ハルモニたちのために 
生活安定支援金大幅引き上げ 

金泳三元大統領は 
徹底した真相究明と法的賠償を圧迫

日本軍慰安婦被害者に関連する慶尚南道地域の市民団体は13日、慶南道庁プレスセンターで記者会見を行い韓日両政府合意の廃棄と再協議のための汎市民の行動を求めた=チェ・サンウォン記者//ハンギョレ新聞社
 朴槿恵(パククネ)大統領が13日、年頭記者会見で、日本軍「慰安婦」被害者問題と関連した「12・28合意」について「最高の合意努力」と“自画自賛”した。この問題にすべてをかけたが、無理な妥結を推し進めた結果、“自縄自縛型の外交不祥事”をもたらしたというのが大方の評価だ。朴大統領が「歴代政府で真剣に取り上げず、そのうえ諦めた」と言った部分も事実と異なる。

 2005年、盧武鉉(ノムヒョン)政権は1965年の韓日協定会談関連外交文書を全面公開し、「慰安婦問題が1965年韓日協定で解決されていなかった」という政府の方針を初めて公式化した。このような公式見解に基づいて、2011年8月、憲法裁判所は、「韓国政府が慰安婦問題解決のための外交的努力を行っていないのは違憲」と決定し、これは韓日両国政府の関連議論のきっかけとなった。

 これに先立ち、金大中(キムデジュン)政権は、1998年に「慰安婦」被害者たちの生活安定助成金(一時支給)を500万ウォン(約48万5000円)から4300万ウォン(約417万円)に大幅に引き上げた。これは、日本政府の法的責任の認定を圧迫しようとしたもので、「償い金」の支給に乗り出した日本アジア女性基金に対応するためだった。

 金泳三(キムヨンサム)大統領は、1993年3月、日本政府に対し、政府として物質的補償を要求しないと宣言した。放棄ではなく、「お金は必要ないから、徹底した真相究明と法的責任を要求する」という意味だった。

 盧泰愚(ノテウ)政権当時は、日本軍の慰安婦関与を初めて公式に認めた「加藤談話」が発表された。「軍の関与」は、今回の12・28合意で初めて勝ち取ったものではない。李明博(イミョンバク)大統領は、2011年の憲法裁判所の決定後に開かれた韓日首脳会談で、解放以来、初めて日本の首相に対し日本軍「慰安婦」問題を(公式に)議題化した。

 朴大統領は、任期初めの2013年の3・1節祝辞で「加害者と被害者という歴史的立場は、千年の歴史が流れても変わることはないだろう」と述べてから、慰安婦被害者問題の解決を韓日関係の改善の「前提条件」化した。しかし、昨年8月、植民地支配について謝罪していない「安倍談話」を肯定的に評価し、昨年11月2日、韓日首脳会談を経て、12・28合意で慰安婦被害者問題の「最終的かつ不可逆的な解決」を宣言した。この問題に“すべて”をかけたが、韓日関係の復元を求める米国の圧力などに押され、慰安婦被害ハルモニ(お婆さん)さえ同意できない内容を「最高のものを引きだした合意」と主張し、急いで撤退したのだ。

 イ・シンチョル成均館大学東アジア歴史研究所研究教授は「過去の政権よりもさらに進展した慰安婦問題解決の戦略だったと主張するためには、今回の合意の内容に妥結するのがよかったのか、争点として残した方がよかったのかを検討する必要がある。問題として残して置けば、国際社会で韓国の発言力を高めることができたはずなのに、これに代わる外交成果が今回の合意から出てきていないことが問題だ」と指摘した。

キム・ジンチョル記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2016-01-14 19:38

http://www.hani.co.kr/arti/politics/diplomacy/726250.html訳H.J

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