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大韓帝国「最後の王女」の王室服、日本から半世紀後の帰還

登録:2015-06-10 19:57 修正:2015-06-11 07:29
 日本服飾博物館所蔵の徳恵翁主遺品
 24日、東京の韓国文化院で返還寄贈式
徳惠翁主のパジ(ズボン)=文化財庁提供//ハンギョレ新聞社

 高宗(コジョン)が慈しんだ一人娘で「大韓帝国最後の王女」と呼ばれる徳恵翁主(1912~89)が生前に着た王室服遺品7点が日本から帰還する。1962年の帰国後、昌徳宮(チャンドックン)の楽善斎でちっ居し89年に亡くなった翁主(王女)の服がようやく帰ってくる。

 文化財庁は24日、東京の韓国文化院で徳恵翁主の服を所蔵してきた日本文化学院服飾博物館から遺品を返してもらう寄贈式を開くと10日明らかにした。 寄贈を受ける服飾7点は、徳恵翁主が幼年時期に宮中で着たもの。 子供の身の丈に合うよう縮めた唐衣(宮廷女性たちの礼服)とチマ(スカート)、チョゴリ(上衣)とパジ(ズボン)、おとな用の半回装チョゴリとチマなどだ。 これらの服は、文化女子短大(日本文化女子大学と文化学院大学の前身)の学長だった徳川義親氏が56年に大韓帝国の最後の皇太子であり徳惠翁主の兄の英親王夫妻から寄贈を受けたもの。 79年に開館した文化学院服飾博物館でこれまで所蔵してきた。

徳惠翁主のチョゴリ=文化財庁提供//ハンギョレ新聞社

 文化財庁側は「文化学院博物館が歴史的価値が高い当代最高水準の王室服飾を外国に寄贈するのはきわめて異例なこと」とし「今回の寄贈には韓日国交正常化50周年をむかえて両国の友好協力の発展を希望する大沼淳理事長兼博物館長の意志が込められている」と伝えた。

 徳惠翁主は高宗が女官の梁貴人との間に得た唯一の娘で、25年に日帝の強要で日本に留学し、31年に対馬宗家の長孫と結婚したが、精神病を患い離婚した悲運の主人公だ。

ノ・ヒョンソク記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/695362.html 韓国語原文入力:2015-06-10 19:09
訳J.S(871字)

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