リッパート大使を襲撃したキム・ギジョンが
「韓米軍事演習中断」を叫んだことを機会に
「反戦・平和」の口を完全に封じようというのか
11センチメートル。指で右の頬をそうっと上から引いてみる。 不気味さに全身が襲われるような思いのする長さだ。3センチメートル。 親指を口の中に入れて人差し指と触れる部分の厚さを感じて見る。 細胞の一つ一つがひやりとするような、ものすごい深さだ。 そして、同じ言葉でも時と場所を選ばなければならないことぐらいは承知しているほど私も歳を取った。 にも拘らず雰囲気に合わない話を持ち出すのは、政府与党が過度に雰囲気を盛り上げているからだ。
朴槿恵(パク・クネ)大統領はマーク・リッパート駐韓米国大使が襲われた事件を「韓米同盟に対する攻撃」とまで規定した。 そしてさらに「反米や韓米軍事演習中断などの極端な主張と行動は、自由民主主義を守ろうとする大多数の韓国国民の考えとは背馳するものだ」と言った。 イ・ビョンギ大統領府秘書室長も「韓国社会の憲法的価値を否定する勢力に対し、根本的な対策を立てることにした」と口を添える。
「韓米軍事演習中断」は、リッパート大使を襲ったキム・ギジョンが叫んだという理由で、にわかに自由民主主義と憲法的価値を否定するスローガンになってしまった。 「餅を見たついでに法事まで」(ことのついでにやってしまう)という言葉があったが、政府はこの機に「反戦・平和」を叫ぶ口を完全に封じ込んでしまおうという算段のようだ。しかし、過去に韓米軍事演習を中止させた大統領は金大中(キム・デジュン)あるいは盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領ではなく、軍人出身の盧泰愚(ノ・テウ)大統領だった。 短く見ても40年、長くは60年になる韓米軍事演習において、たった一度だけあった1992年の中断だ。
米国が朝鮮半島内の核弾頭を撤収すると決定したのがきっかけになった。 糸口をつけたのは米国政府だったが、北朝鮮との対話に自信と意志を持って北朝鮮を対話の場に引き入れたのは、盧泰愚政権だった。 そしてそのために、韓米軍事演習の中断という切り札を取り出した。
米国は韓米軍事演習(当時はチームスピリット)中断までは望んでいなかったものとみられるが、韓国政府が主導的に要求して実現させた。 盧泰愚大統領は回顧録で、「『(チームスピリット演習は)南北対話の進展によって実施するかどうかを決定する』という韓国側の意思に従うとして、米国側が1992年のチーム・スピリットについて弾力的な立場を表明したので、韓国側の政治的決断が重要になった」と書いている。
■ 韓米軍事演習が中止された盧泰愚政権で、南北対話が活発に
当時のドナルド・グレッグ駐韓米国大使も数年前、『アメリカの声』(VOA)放送とのインタビューで次のように語ったことがある。「チームスピリット演習の取消しは、南北基本合意書の締結に絶対的に必要なものでした。 私は中央情報局(CIA)ソウル支部長だった時から、北朝鮮がいかにチームスピリット演習のような大規模な軍事演習を嫌い恐れているのか、よくわかっていました。 したがって、チームスピリット演習の取り消しは、南北基本合意書締結の重要な動力となりました」
1992年、約束通りチームスピリット演習は行なわれなかった。 その結果、1992年の一年間は建国以来最も多くの南北対話(88回)が行なわれた年として記録された。 1971年の南北赤十字会談から李明博(イ・ミョンバク)政権まで、約42年間に開かれた南北会談の回数が606回であることを勘案すれば、1992年の一年間がどれほど多かったか見当がつくだろう。
しかし、今にも溶けそうだった氷は、1993年のチームスピリット演習再開で再び瞬時に凍り付いてしまった。 1992年秋、米国と韓国の国防長官が会って電撃的に決定したものだ。 当時、盧泰愚大統領の掌握力が落ちた隙を利用した両国“軍部”の独走だった。
1993年3月に再開されたチームスピリット訓練には、韓国軍7万人、米軍5万人が参加しており、海外から1万9千人の米軍が追加投入された。 北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)はすぐさまこれを「朝鮮半島の北部を先制奇襲攻撃するための核戦争演習」と規定し、全人民と軍に「戦時準備態勢」突入を命じた。 同時に北朝鮮は国際原子力機関(IAEA)が決定した特別核査察の受け入れ不可の立場を繰り返し知らせた。そしてチームスピリット訓練中の3月12日、核拡散禁止条約(NPT)脱退を宣言する。
グレッグ元大使はこれに関してこう証言している。 「チームスピリット訓練再開は私が駐韓米国大使だった期間に米国政府が下した最悪の決定でした。 当時、ディック・チェイニー国防長官がこの決定の責任者でした。 私とは全く協議がありませんでした。 この決定により、それまでの2年間の進展内容がほとんど全て、すっかりかき乱されてしまいました」
■ グレッグ元米大使「チーム・スピリットの再開は最悪の決定」
韓米軍事演習は、北朝鮮にとって軍事的に脅威であるだけでなく、経済的にも困窮を加速させる圧力として作用している。 丁世鉉(チョン・セヒョン)元統一部長官の話によれば、北朝鮮の原油輸入量のうち、少なくとも10%、多くは40%を軍部が使っており、人民経済を担当する労働党財政経理部は死ぬ思いだという。 それでも韓米が目と鼻の先で大規模な軍事演習をしているので、北も2カ月近くこれに対応するために仕方なく「底の抜けた甕に水を注ぐ」ように金を浪費しているのだという。
リッパート大使はこのような凶変に遭いながらも、「一緒に行きましょう」と言って韓国国民に限りなく寛大な姿を見せている。 リッパート大使がそのような姿を休戦ラインの向こう側の朝鮮半島の北にも見せたらどうだろうか。 冷戦を終結させるために核を撤収し軍事訓練を中断させたグレッグ大使に続くことはできないのだろうか。
生涯北朝鮮と対峙し、クーデターまで引き起こした盧泰愚大統領でさえも、韓米軍事訓練を中断させて南北対話の扉を大きく押し開いた。 南北鉄道を復元するという朴槿恵大統領の真正性が立証されるためには、先ず軍事演習を中止することが優先ではないだろうか。 今この時点でこのような注文をするのは、非常に過酷で非現実的な注文になってしまうだろうけれども。