「こんなに遅く来て、申し訳ありませんと書きました。」
23日午前、仁川市南洞区(インチョンシ・ナムドング)仁川市役所前の未来広場に設けられたセウォル号一般犠牲者合同焼香所に焼香して黄色いリボンに追悼文を書いていたチャン某(32・仁川市富平洞(プピョンドン))氏は、あふれる涙を拭いながらこう話した。チャン氏は「犠牲者たちと直接の関係はないけれど、セウォル号惨事を見てとても胸が痛んだ。あまりにも来るのが遅くなったという思いで、焼香をしていて急に涙があふれてしまった」と話した。
多くの人が「セウォル号」と言えば京畿道安山(キョンギド・アンサン)の檀園(タンウォン)高校の生徒と教師たち、そして安山花郎(ファラン)遊園地に設けられたセウォル号犠牲者のための政府合同焼香所を思い浮かべる。セウォル号の乗務員とアルバイト生、中国同胞など一般犠牲者36人の遺影と位牌は仁川合同焼香所に祀られている。一般犠牲者43人のうち、まだ行方不明の3人と宗教的な理由などで断った4人は抜けている。一般犠牲者の中では、済州島に2泊3日の還暦記念旅行に出かけた仁川のヨンユ小学校の同期生たちが10人で最も多い。
この4月29日に開設された一般犠牲者合同焼香所には、今までに4万3300人余の弔問客が訪れた。弔問客の残したゴマ粒のような字で書き込まれた黄色いリボンの追悼文は、焼香所内を埋め尽くし、外にも黄色いリボンがかかっていた。「生きて帰って来て」という祈りと「セウォル号を忘れない」という誓いを込めた内容だ。
一般犠牲者の合同焼香所を訪れた弔問客は、日が経つにつれて減っている。あるボランティアは「最近、平日には1時間に1人というくらい閑散としている」と話した。一日の弔問客数が焼香所に詰めている公務員やボランティアの人数(20人余り)と同じくらいだ。
一般犠牲者の遺族たちは、「家族を失った悲しみは同じなのに、政府が私たちを檀園高校の犠牲者たちに比べて冷遇している」と言って疎外感を表した。
この日、焼香所付近の一般犠牲者対策委員会事務室で会った故チェ・チャンボク(60・女)氏の息子、イ・ジョンソク(40)氏は「檀園高校の生徒が多数を占める安山側とは違って、一般犠牲者たちは地域、国籍、生活条件が異なり、年齢も多様なために実質的な支援を受けられずにいる」と話した。例えば、事故初期に支援された緊急福祉資金の場合、安山地域は4~6月に支給され更に3か月延長されたが、一般犠牲者の遺族たちの半数ほどは、支援対象者の条件に合わなくて一切受けられなかったという。
政府と国会はセウォル号惨事以降「対策を立てる」と言いながら口先だけだと遺族たちは批判した。対策委員会の総務を務めているイ・ジョンソク氏は「特別法の制定が遅れるなど成果が出ない中で、これまで理解して我慢してきた家族たちの不満が爆発寸前まで来ている」と話した。彼は「5月19日に朴槿恵(パク・クネ)大統領は対国民談話を通して、遺族の意見を反映させた特別法を作り、特別検事を導入すると約束した。しかし、犠牲者の遺族たちが国会に入ってハンスト座り込みをしても、去る16日までに特別法を制定するという大統領の約束すら守られていない」と批判した。一般犠牲者の遺族たちも、7月12日から檀園高校の犠牲者遺族とともに国会で座り込みをしている。
仁川/キム・ヨンファン記者 ywkim@hani.co.kr