「この世で一番悲しい父母の日」
娘を失い断腸の思いのユ・ギョングンさん
行方不明の子供を思う親の心境伝える
「カーネーションの代わりに子供の遺影に菊の花」
焼香所の遺族ら 悲痛さに言葉失う
「あまりにもむごい姿が恥ずかしいからなの・・・?
お前がどんな姿で上がってきても、母さん父さんの目には本当に美しい花なんだよ。
恥ずかしがらずに、早く上がっておいで。
みんな手をつないで、早く上がっておいで・・・」
セウォル号沈没事故で死亡した京畿道安山(キョンギド・アンサン)の檀園(タンウォン)高2年3組ユ・イェウニ(17)さんの父親ユ・ギョングン(44・<セウォル号事故家族対策委員会>スポークスマン)氏は、父母の日を迎えても父母のもとへ帰ってこられない行方不明の生徒たちを胸の張り裂ける思いで呼ぶ親たちの心境をこのように伝えた。
ユ氏は父母の日を迎え、娘を思う心境を切々と込めた文を<ハンギョレ>に送ってきた。彼はその中で、「もううちに帰ろう・・・。お母さんのところに行こう・・・。修学旅行に行くと言って家を出てからちょうど10日ぶりに、(イェウニは)あんなにも乗ってみたいと言っていたヘリコプターに乗って帰ってきた。」と書いた。
もはや永遠に、愛しい娘にカーネーションをつけてもらえなくなったユ氏は「イェウニのことを考える時間を減らそうと、家には遅く遅く帰ります。あの子のいない家を見たくなくて。そして適応してみようと思っています。イェウニのいない私に・・・」として、かわいい娘が逝ってまだ1ヵ月も経たずして迎える“悲しい父母の日”の心境を吐露した。彼は冷たい遺体となって戻ってきた娘を見た時に「イェウニが “父さん! どうしてあたしの顔が分からないの? あたし、イェウニだよ。あたしがどんなに待ったか、あたしがどれだけ苦労して出てきたか・・・”と言っているような気がした」と書いた。
ユ氏同様“残忍な父母の日”を迎えることになった京畿道安山のファラン遊園地にある政府合同焼香所の遺族控室も、一日中悲しい雰囲気だった。ある遺族は「カーネーションを受け取るはずの親が子の遺影に菊の花を捧げなければならない苦痛は、誰にも分からない」と涙声で話し、また別の遺族は「私にはもう父母の日はなくなった」と力なく言った。
ユ氏はセウォル号沈没事故以後、社会関係網サービス(SNS)フェイスブックを通じて遺族の心境や行方不明者捜索状況などを地道に伝えてきた。ユ氏は子どもの日の翌日の6日に掲載した文で「子供の日でしたね。車が渋滞して人が多い所の嫌いな父さんのために、きっと遠くには行けなかっただろうし、おいしいものの好きなイェウニを連れて外食に出かけだろうと思う。料理が出てくる度にワア~と感嘆しながら、しきりに写真を撮って友達に自慢しただろうに。こんな小さな幸せすら守り抜くことができなかった父さんは罪人です。とても大きな罪人です」と書いた。「他のすべての傷は一日二日経てば治り始めるのに、なぜこの傷は、日が経つにつれて一層痛むんでしょう」とも。
娘の葬式を翌日に控えた先月27日には「イェウニの遺影の下に横になりました。…一時、心が休まります。でも、イェウニが恐怖と絶望に陥ったその瞬間を考えると、すぐ怒りが込み上げてきます」という文を載せた。ユ氏は去る2日に載せた文では「もうじっと待ってはいられません。じっと待っていなさいという言葉を聞いて、じっとしていて死にました。これからは、いつどこでも、じっと黙ってはいないつもりです」と“約束”もした。
安山/キム・ギソン、キム・イル記者 player009@hani.co.kr