「大統領はいつ来られるのか…」
全国を回り民生討論会を開いている尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の訪問を待つある地方新聞の冒頭文だ。この新聞は「総選挙を控えた選挙用の行程だという批判もあるが、地方を訪問してばらまく土産物がつまった袋に、地方自治体と道民たちの関心が強い」と書いた。光州市(クァンジュシ)のカン・キジョン市長が「慶尚道と忠清道だけでなく、光州と全羅南道の困難さも見てほしい」と公に招請までしたのは、どれほど切羽詰まった状況かを物語る。
龍山(ヨンサン)の大統領室は「民生(国民の生活)を取りまとめて現場の声を聞くことは大統領の義務だ。選挙に関係なく総選挙後も続けていく」と言う。総選挙を目前に控え、大統領が地方に土産物がつまった袋をばらまくことが、選挙と関係ないはずがない。京畿道高陽市(コヤンシ)では再建築・再開発の規制緩和を、議政府市(ウィジョンブシ)では首都圏広域交通鉄道(GTX)を、釜山市(プサンシ)では釜山グローバルハブ都市特別法の制定を、大田市(テジョンシ)では忠清圏広域急行鉄道の早期着工問題に言及した。これまで17回も行なったが、全羅道ではまだ一度も開かれていない点も意味深長だ。土産物を与えても効果がないという判断が生じたのだろうか。
「与党が票を得られるのであれば、大統領として合法的なすべてのことをやりつくしたい」という一言で、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は国会で弾劾訴追にあった。それに対して尹大統領は1週間に2、3回もの頻度で、与党の得票に役立つ、言葉だけでない行動を遠慮なく実行している。政治的中立を無視している。
最大野党「共に民主党」の突然の危機の本質はこれに結び付いている。最近、選挙情勢が揺らいでいるという話が多い。公認候補に関する騒ぎが大きくなり、中道層に訴求力のある候補を戦略的に活かせていないことは、イ・ジェミョン代表としては言い逃れできない点だ。しかし、公認候補騒ぎそのものより、今回の総選挙が、尹錫悦政権の国政運営と経済実情に対する中間評価だという事実が隠されてしまうことのほうが、はるかに手痛い。
「理念が最も重要だ」と言っていた普段の尹大統領であれば、映画『建国戦争』の興行に一言加えるはずだが、静かだ。夫人のキム・ゴンヒ女史と一緒に行くことにしていたドイツ国賓訪問は取り消し、大統領室で公開していたキム女史関連の写真も、最近はみられなくなった。その代わりに、地方が待ち望んでいた事業の解決を約束して回っているのだから、大統領と与党の支持率を引き上げることに明らかに役立っているだろう。しかし、国民すべてが経験したこの2年の政策の混乱と凄惨な経済成績表を、そうしたかたちで消すことはできない。医師のストライキに対し、家宅捜索と出国禁止ばかりで対応しているのをみると、今後の国政運営の手法が変わるであろうと信じられる点はない。
公務員のうち唯一党籍を持つ人が大統領だ。国政遂行と政治活動をすっぱりと切り離すことができない理由だ。ただし、野党にも同じ機会を与えるのが公正だ。米国では、大統領が議会で国政演説をする場合は、大統領と同じ長さのラジオ演説の機会を野党代表に与える。7日に開かれるジョー・バイデン大統領の国政演説に対して、共和党ではケイティ・ブリット上院議員が反対演説を行う。尹大統領が普段は耳を傾けていなかった現場の声を、選挙が差し迫ってからあえて聞かねばならないというのなら、野党代表にも同じ機会を与えるのが正しい。前例もある。2008年10月、李明博(イ・ミョンバク)大統領が毎週のラジオ演説を通じて国政を広報したところ、民主党のチョン・セギュン代表は野党の反論権を要求し、同程度の長さのラジオ演説を行った。そうした問題提起は、今の公認候補騒ぎに隠れてなかなかみられなくなっている。
昨年の韓国の経済成長率は1.4%だった。オイルショックとアジア通貨危機、コロナ禍の時期以外では最も低い。この数値は、政権勢力が過去2年間に国民の生活の問題に真剣に向き合わず、改善のために政治・社会的な力を一つにまとめ上げることに成功できなかったことを象徴している。しかし、野党が与党勢力よりこれをもっと上手くやり遂げられるという信頼を与えられないのであれば、あえて野党に票を入れる理由はない。
国会副議長である大物議員が離党して別の党に行っても、選挙の構図に動きはない。真に選挙戦を揺さぶるのは、政権勢力の国政運営をとてもこのまま見続けることができないという有権者の絶望感の深さだ。そして、沈滞した大韓民国の活力をどのようにして再び引きだすのかについての説得力ある代案を、野党が提示できるかどうかだ。1人や2人の公認候補の問題より、これがはるかに重要で根本的な問題だ。
ある人は共に民主党の公認候補騒ぎに失望し、ある人はそれでも尹錫悦政権に審判を下すことを望んでいる。ずたずたに分かれた心を一つに集めるのは、最終的には国民の生活の問題だ。「政権審判論」とは別のものではないのだ。よく組まれた脚本の大統領討論会でさえぎられた経済と民生の懸案をいかに適切に示すかに、共に民主党の運命はかかっている。
パク・チャンス|大記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )