「死にゆく男性の妻に向かって、今や医者は慰めの代わりにこう言う。『抱擁もキスもいけません。そばにいくのもだめ。…あなたの前にいるのはもうご主人じゃない、愛する人じゃないんです。汚染濃度の高い放射性物体なんですよ』」
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチが著した『チェルノブイリの祈り』に出てくる一節だ。チェルノブイリ(チョルノービリ)の殉職消防士の妻へのインタビューだ。新型コロナウイルスを経験したことで、私たちはこの女性のやるせなさを推し量ることができるようになった。私たちはコロナのトンネルの外の光が見えるところに立っている。アレクシエーヴィッチは1986年4月26日に爆発したチェルノブイリ原子力発電所の事故を「時間の災厄」と呼ぶ。放射性核種は10万年よりはるかに長くとどまっているだろうから。
尹錫悦(ユン・ソクヨル)次期大統領の政権引き継ぎ委員会のエネルギー民間委員には、原発を主張する人々が揃った。2人の原子力工学者と、再生可能エネルギーの比率を下げ、原発を大幅に増やすべきだと主張してきた経済学者だ。原発先進国へと飛躍し、世界を先導するという。一滴の油も出ない地で、原発は安価に脱炭素を実現する成長のエンジンだとまつり上げる。日照量は信ずるに足りず、地価が高くて大規模な再生可能エネルギーの生産は難しく、先進国も原子力を代案としてあげていると宣伝する。
それは果たして最善の道だろうか。天然ガスの最大生産国である米国では、再生可能エネルギー発電の比率が原子力と石炭を抜いた。カリフォルニアは再生可能エネルギーの比率を33%に引き上げ、太陽光発電だけでも原子力発電(9.3%)を上回った。原発は9基が閉鎖され、1基だけが稼働しているが、それさえも3年後には閉鎖だ。代わりに太陽光と風力を中心とした再生可能エネルギーの比率を上げ、経済性を高める計画だ。2030年時点で再生可能エネルギー比率60%を目指している。
福島第一原発事故の後、欧州の主要国は脱原発を宣言した。ドイツは今年、最後の原発を停止する。地球温暖化の中、猛暑で冷却水に使う川の水温が上がったため、フランスは原発を止めたことが複数回あり、ドイツやスイスも発電量を減らさなければならなかった。 最近、マクロン大統領が新たな原発の建設を発表したが、これは大統領選挙を前にして発電の70%を占める原子力の既得権勢力に向けて送る政治的シグナルであり、フランス復活という選挙の旗印だというのが西欧メディアの分析だ。韓国のメディアはフランスが脱原発を放棄したとして大きく報道したが、電力市場の未来は原子力産業にありと見るメディア各社の経済展望をあらわにしていると私は思う。しかし、新しい再生可能エネルギー市場は爆発的に成長している。フランスの新しい再生可能エネルギーの割合も、経済協力開発機構(OECD)最下位の韓国の2倍を超えている。韓国メディアが主に参考にするどの英語圏の報道をひっくり返しても、原子力発電のことを経済のエンジンだとする代案を見出すのは難しい。
カリフォルニアのエネルギー転換のカギは補助金と規制だ。太陽光パネル設置費用の一部を補助し、電気販売にインセンティブを付与する。建物の屋上、外壁、住宅の屋根に太陽光パネルを取り付けている。韓国も田畑を潰して太陽光パネルを植えるのではなく、マンションの外壁を「ビル・ヒル・キャッスル・フォレスト」で埋めるのでもなく、太陽光パネルを貼るとしたら? 韓国エネルギー情報文化財団は、韓国の年平均日射量は太陽光発電1位の中国と同じだと公表している。
安全な道があるのに、40~50年も続く不安な道を歩むのは誰のためなのか。「原発は安全だ」ということはフランス、米国、日本、ソ連の政府も語ってきた。フランスと米国では危険千万な事故が初期に収拾され、日本とソ連では最後まで行ってしまった。ソ連は赤の広場に建てられるほど安全だと言っていたのに、ウクライナのチェルノブイリに建てた。どこに建てたかがその危険さを証明する。作家の丸山健二は「そんなに安全なら東京に建てろ」と一喝した。彼は私に、政策を掘り下げれば、その政府が誰のために働いているのかが見えると鋭い視線で語りかける。地方は電気を作って首都圏へと送る。農業を営んで農産物を首都圏へと送り、工場を稼働させてあれやこれやを首都圏へと送る。人さえ送る。ならば少なくとも、安全な原子力発電所は首都圏に建てて地方に報いるべきだろう。
『チェルノブイリの祈り』には年老いた女性の証言が登場する。「市場でウクライナのおばさんがでっかくて赤いリンゴを売ってたとさ。『さあ、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい。リンゴを買っとくれ。チェルノブイリのリンゴだよ』。だれかが助言する。『おばさん、チェルノブイリっていっちゃだめだよ、だれも買っちゃくれないよ』『とんでもない、買ってくんだよ。姑にやら、上司にやらって!』」。誰かがリンゴを売っている。
アン・ヒギョン|在米ジャーナリスト (お問い合わせ japan@hani.co.kr )