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[寄稿]いわゆる「THAAD三不」をめぐる議論と韓国の国益

登録:2021-08-09 06:28 修正:2023-06-09 10:32
ムン・ジョンイン世宗研究所理事長 

「THAAD三不合意」というのはマスコミが作り出した用語であって、最初からなかった。一部の主張通り合意や約束をしたなら、これを文書化するか、慣例通り共同記者会見で明らかにすべきだっただろう。さらに、このような韓国政府の立場は、従来の政策に基づいた極めて常識的な説明に近い。この説明のどこに韓国の主権と独立を阻害する屈辱的な要素があるというのか。

 有力な大統領候補のユン・ソクヨル前検察総長のTHAAD(高高度防衛ミサイル)関連発言と、これに対するシン海明駐韓中国大使の反ばくが波紋を呼んだ。ユン前総長は7月15日、あるインタビューで、THAADの配備は「明らかに韓国の主権的領域」だとし、「(中国が)THAAD配備の撤回を主張するなら、自国の国境近くに配備した長距離レーダーを先に撤収しなければならない」と主張した。シン大使は翌日、同じ新聞に発表した反論で「(THAADは)中国の安保利益を深刻に損ない、中国人民が不安を感じているという点を強調」する一方、中国レーダー脅威論を全面的に否定した。

 まず、ユン前総長の発言の一部は事実関係に誤りがある。THAADの配備が韓国の主権的事項であることは間違いないが、これは中国の脅威から身を守るためではなく、北朝鮮のミサイル攻撃を探知し、迎撃するためのものだ。これは韓米両国政府の公式立場でもある。シン大使の態度も問題だ。公報官がファクトチェックの報道文を出すだけで済むような事案に対し、大使が前面に乗り出して「韓中関係は韓米関係の付属品ではない」といった刺激的な発言をしたのは、反中感情を持つ一部の人々にはむしろ好材料を提供したことになる。

 ここで、流れ弾に当たったのは文在寅(ムン・ジェイン)政権だ。現政権を批判する人々は、すべての問題の根源が2017年10月に韓国政府が中国と締結したというTHAAD「三不(三つのノー)合意」にあると言う。当時の「合意」は、韓国の「外交権と自主権を放棄した屈辱的約束」であり、米中に対する現政権の戦略的曖昧性を如実に表すもので、将来、韓国の安保に災いをもたらすという主張だ。

 状況を振り返ってみよう。その頃、韓国側は中国の報復撤回と韓中関係正常化のため、中国と2回にわたり非公式接触を行った。ここで中国が4つの問題を提起したという。第一に、配備されたTHAADの即時撤収、第二に、THAADの追加配備に反対、第三に、米国主導の北東アジアミサイル防衛(MD)システムへの参加に対する懸念の表明、第四に、中国を狙った韓米日軍事同盟構築の可能性に対する問題提起だった。

 これに対する韓国側の対応は次のようだった。THAAD配備は、北朝鮮の軍事的脅威に対応するためのものであり、韓米間ですでに合意している事項であるため、変更できない。また、追加配備は様々な条件から困難であり、その点を中国側が懸念する必要はない。また、韓国は金大中(キム・デジュン)政権以来、政権の政治的なスタンスにかかわらず、韓国型MDを一貫して推進してきたため、費用と効果の面で米国主導の域内MDに参加する必要性を感じない。最後に、韓米日3カ国の軍事同盟については、韓国は韓米同盟と韓日米3カ国協力という従来の安保協力の枠組みは維持するが、日本との軍事同盟は日本の平和憲法の改正を前提とするものであるため、考慮の対象ではない。

 このように、当時の韓中間の非公式接触では中国の問題提起に対する韓国政府の対応と説明があったにすぎない。「THAAD三不合意」とはマスコミが作り出した用語であって、そもそも存在しなかったことを意味する。一部の主張通り合意や約束をしたなら、これを文書化するか、慣例通り共同記者会見で明らかにすべきだっただろう。さらに、このような韓国政府の立場は、従来の政策に基づいた極めて常識的な説明に近い。この説明のどこに韓国の主権と独立を阻害する屈辱的な要素があるというのか。特に理解に苦しむのは、中国側が主張する「合意や約束」という表現をそのまま受け入れ、これを根拠に現政権を批判する人々の態度だ。そしてこのような外交的努力おかげで、同年12月に文在寅大統領の訪中が実現し、まだ完全に解消していないが、THAAD配備をめぐる中国の報復制裁も以前に比べて大きく緩和されたのではないか。

 いわゆる「戦略的曖昧性」に関する批判も同じだ。THAADの追加配備を認め、米国主導のMD体制に積極的に参加すると同時に、韓日米3カ国軍事同盟を結び「戦略的明瞭性」を示さない限り、水平的な韓中関係と我々の安全が保障されないという主張は、事実と異なる。しかも、米国と同盟を強化すると同時に、中国と「戦略的協力パートナー関係」を維持するという政府の政策方向に、どのような曖昧性があるというのか。国益の基準からすれば、このような現状維持のアプローチが正しい選択ともいえる。敵味方をはっきり分ける外交で中国との敵対関係を招くことは、経済的理由だけでなく、北朝鮮の核問題を解決し朝鮮半島と北東アジアの平和と安定を築くうえでも望ましくない。

 中国に対する敵視政策を掲げるよう求める声が、果たして国益に合致するのか、そして米中競争に関する論議を政治争点化することが妥当なのか、熟慮しなければならない。

//ハンギョレ新聞社

ムン・ジョンイン|世宗研究所理事長 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1006886.html韓国語原文入力: 2021-08-09 02:39
訳H.J

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