「確かに台湾にも『シェシェ』(謝謝・ありがとうという意味の中国語)、中国にも『シェシェ』すればいいと言いました。何が間違っているのでしょうか」、「日本大使にも『シェシェ』と言おうとしたが、分からないかもしれないと思って『カムサハム二ダ(ありがとうございます)』と言いました」、 「台湾と中国間の紛争に我々があまり深く関与する必要はありません。現状を尊重し、私たちは距離を維持しなければなりません」。最大野党「共に民主党」のイ・ジェミョン候補の遊説中の発言だ。
これをめぐり非難が激しい。与党「国民の力」の関係者らは、イ候補のこのような発言を「屈従的、親中事大主義外交」の典型とする一方、同党のキム・ムンス候補は「中国共産党は朝鮮戦争の時に韓国に攻め込んできた敵国であり、米国は韓国を助けた当事者なのに、どうして米国と中国が同じ水準なのか」と批判した。「改革新党」のイ・ジュンソク候補も「『中国と台湾に関与せず、皆シェシェすれば良い』と言って、トランプ米大統領に『韓国が北朝鮮と戦っても仕方がない』、『両方ともシェシェすれば良い』と言われたら困るのではないか」と皮肉った。
しかし、3つの理由から、これは受け入れがたい批判だ。第一に、イ候補の発言は、屈従的な親中事大主義の発言ではない。中国にだけ「シェシェ」と言って他の周辺国を卑下したのなら問題になるが、日本にも「カムサハム二ダ」、さらに台湾にまで「シェシェ」という表現をしているのではないか。隣人を尊重し、相手の立場を配慮した「易地思之」(相手の身になって考える)の姿勢で周辺国と共感外交を展開していくという意志の表明だが、これを問題視することは不適切だ。これは「韓米同盟が重要だ。韓米日協力を進めなければならない。だからといって、他の国と敵となるわけにはいかない … ロシア、中国との関係も上手く維持し、物も売らなければならないのではないか」という彼の実用外交とも軌を一にする。
第二に、両岸問題と関連して「現状を尊重し、私たちは介入せず、距離を置こう」というイ候補の主張もやはり常識に基づいた発言と言える。1992年8月24日、中華人民共和国と国交を結ぶ際、韓国政府は「一つの中国」の原則を受け入れた。これは、中国の唯一の合法政府は中華人民共和国であり、台湾は中国領土の一部であることを認めたことになる。台湾と断交し、代表部を置いて非公式的な関係を貫いてきたのもこのためだ。したがって、両岸問題は基本的に中国内部の問題であって、韓国が介入できる国際問題ではないという点が明らかになる。このような点で、イ候補の発言は韓国政府の従来の対中国政策と合致する。
最後に、両岸問題をめぐる米国との軍事協力と軍事介入に対するイ候補の「戦略的曖昧性」を非難することも適切ではないと思われる。まず、両岸問題は今すぐ決断を下さなければならない切迫した事案ではない。米国防総省の一部の関係者を中心に、2027年の中国の台湾軍事侵攻説が大きく台頭し、最近になって中国の台湾包囲訓練が頻繁になったことで、「6カ月以内に中国の台湾侵攻の可能性がある」という懸念の声があがっているのも事実だ。だが、現在の両岸関係は、韓国の軍事介入を決断しなければならない尖鋭な危機状況ではない。
しかも、トランプ大統領は1期目とは違って、台湾問題に対して驚くほどの節制された姿勢を維持している。台湾指導部との直接的な接触を避ける中で、台湾自体の国防力の増強と米国の兵器購入の圧力をかけることにより大きな比重を置いている。特に先日、ホワイトハウスが国家安保室(NSC)内の対中強硬派(China hawks)を追い出したという報道もあった。これはトランプ大統領が両岸問題に関して、軍事的対決よりは実用的解決法を模索していることを裏付けるものといえる。最近、台湾の頼清徳総統が対中国強硬一辺倒から脱し、中国との対話の意志を表明したことは、国内政治的圧力もあるが、このようなトランプ政権の気流と無関係ではないとみられる。トランプ政権までこのような姿勢を堅持しているが、まして韓国の大統領選候補が軍事介入の可否を先制的に表明することは、国益に反する極めて不適切な行動と言えるだろう。この点で、イ・ジェミョン候補の戦略的慎重性がさらに目を引く。
結局、今回の誤った親中事大論争は、大統領選挙の局面と関連して外交政策の基本に対する韓国の注意を喚起している。仮想の論争に振り回されず、冷静な現実分析を通じて実用的な解決策を提示する「実事求是外交」、隣人に対する尊重と感謝の表示を通じて善隣友好関係を深める「易地思之外交」、そして陣営論理に陥った「敵味方」の泥仕合ではなく、すべての国家とともにする「開かれた包容外交」が切に求められていることを国民に痛感させている。これが韓国が望む外交大統領の徳目ではないか。