4月7日の再・補欠選挙で最も大きな争点になったのは、候補者の道徳性の問題だった。しかし、実質的に選挙結果に影響を及ぼした決定的な問題は、「韓国土地住宅公社(LH)事件」だった。この事件を機に、候補者に対する支持率において劇的な変化が現れ始め、いかなるネガティブ・キャンペーンも世論の方向を大きく変えることができなかった。「過程における公正」を国政ビジョンの軸に据えていたため、政府・与党の打撃は少なくなかった。なぜこのような現象が起きたのか。
1948年の韓国政府樹立後に発生した最大の不正腐敗事件は、重石ドル事件だった。重石を輸出して稼いだ金は、産業発展のための機材の輸入にのみ使うようになっていたにも関わらず、政府が特定企業による穀物や肥料の輸入を許可し、5倍以上の収益を上げさせたのだ。企業が稼いだ金は政府や与党に流れ、途方もなく高い価格で食糧と肥料を買わされた国民が大きな被害を被った。1952年に発生した同事件は、政治的な黒幕が明らかにされず、1957年に当該企業家が執行猶予1年を言い渡されたことで幕引きとなった。
韓国肥料のサッカリン密輸事件は1960年代を揺るがした代表的な不正腐敗事件だった。すでに軍事政権時代に4大疑惑事件を隠蔽した朴正煕(パク・チョンヒ)政権と特定財閥の結託で発生した事件だった。国会議員のキム・ドゥハンが国会で汚物をまき散らす騒ぎにまで発展した同事件は、韓国肥料が自らの持分を政府に譲渡することで幕を閉じた。
国内では知られていないが、もう一つの事件はコリアゲートの捜査過程で明るみに出た。当時発表された「フレーザー報告書」によると、韓国政府の代理人が米国から穀物を輸入する過程でリベートを受け取り、その金が米国議会議員に対するロビー資金として流れたという。また、報告書には韓国に投資する米国企業からもリベートが海外の秘密金庫に送金されたという点も記述されている。しかし、「コリアゲート」で処罰を受けたのは1人だけだった。
このような権力型不正事件は1980年代以降も続いた。権力者と財閥の結託が、全斗煥(チョン・ドゥファン)政権だけでなく、民主化以後、盧泰愚(ノ・テウ)政権と朴槿惠(パク・クネ)政権でも再現された。 しかし、民主化以降に発生した腐敗事件でさらに重要なのは、新しい形の腐敗が現われ始めたという点だ。その発端は1978年に暴露された「現代マンション特恵分譲事件」だった。財閥が建設するマンションを分譲する過程で、元々の目的である家なし社員に対する分譲ではなく、高級公職者や国会議員、企業家、ジャーナリストなどに特別分譲が行われた。不正腐敗の構造が複雑に進化したのだ。この事件で処罰を受けた人はおらず、分譲における特恵も取り消されなかった。民主化以後も1991年の水西(スソ)宅地事件、2000年の盆唐(プンダン)パークビュー事件、最近では釜山(プサン)LCT事件など、様々な分譲特恵事件が続いた。
韓国現代史を振り返ると、一方では民主化と産業化を通じた大韓民国の進化が実現したが、他方では不正腐敗の進化が実現したといえる。権力の中心部と財閥間の不法な関係を通じて政治資金を作り出し、権力者の富を蓄積するやり方で腐敗の範囲がいわゆる社会指導層と呼ばれる階層にまで広がったのだ。不正の対象も、現金から不動産と株式の非公開情報を利用して不当な利益を手に入れる方式へと変化した。
民主化が進むにつれ、手続きと世論が重要視されると、公職者だけでなく社会世論を生み出すマスコミと専門家たちが、不正腐敗の連鎖に登場し始めた。LH事件の調査過程で、職員だけでなく公職者、国会議員、専門職従事者が登場したのも、このような事情と無関係ではない。
このような不正腐敗を根絶するためには、何よりも利害衝突防止法の制定が必要だ。同時に政府政策の立案・実行過程を徹底的に記録することで、政府の透明性を高める過程も必要である。しかし、それよりさらに重要なのは、不正腐敗事件に対する厳正な捜査と処罰だ。大韓民国の歴史で明らかになった多くの不正腐敗事件が後を絶たないのは、事件の処理過程で事件の真相が葬られ、誰もまともに処罰されなかったことに起因する。
さらに、不正腐敗問題に対する社会全般の認識の変化が必要だ。知人から秘密情報を受け取って不当な利益を得たにもかかわらず、それが不法で不公正な過程だという意識がない。そのため、この問題を批判するよりは、秘密情報を得ることから疎外されていることを嘆くばかりで、秘密情報の漏えいのない社会づくりを目指そうともしないのだ。このような誤った意識がなくならない限り、これまで大韓民国が成し遂げた民主化と産業化は砂の城のように崩れるだろう。
パク・テギュンㅣソウル大学国際大学院長 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)